On The Bluffー横浜山手居留地ものがたり

山手外国人居留地(ブラフ)に生きた人々の「ある一日」の物語を毎月一話お届けします。

■全世界が諸君の故郷、すべての人が諸君の兄弟ーセントジョセフ卒業生に贈る言葉

2025-01-16 | ある日、ブラフで

1901年(明治34年)9月、横浜山手にセントジョセフ・カレッジという外国人子弟を対象とした学校が開校した(後にセントジョセフ・インターナショナルカレッジと名称変更)。

フランスの修道会であるカトリック・マリア会によって設立されたこの教育機関は、初等科から高等科まで幅広い年齢層の少年たちを国籍、宗教にかかわらず受け入れ、フランス人やアメリカ人の修道士が英語で授業を行った。

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1922年7月6日木曜日、この日はセントジョセフ・カレッジの21回目の卒業式である。

会場はフェリス女学校内のヴァン・スカイック・ホール(山手町178番地)。

山手町85番地に位置するセントジョセフから歩いて5分ばかりのところだ。

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W・ライン氏指揮、セントジョセフ・カレッジ・オーケストラによるヒルドレス作曲「タイタニア」の演奏で式は開幕した。

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卒業生代表としてのD・デーヴァーが答辞を、アルバート・ウォーデンが送辞を述べた後、ガシー校長より、卒業生全員に卒業証書が、成績優秀者にメダルや記念品などが授与された。

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続いてジョセフ・E・デベッカー氏が登壇し、11名の卒業生らに祝いの言葉を述べた。

J. E. デベッカー

デベッカー氏はイギリス人法律家で、横浜の古参の外国人の一人である。

日本人女性を妻として日本国籍を取得し、小林米珂という日本名でも知られていた。

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セントジョセフ・カレッジ卒業生諸君、教職員の皆さん―。

このたび、校長先生から、21回目の卒業式に当たるこの喜ばしい機会に、一言お話しするようにとのご依頼を受けました。

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今日、皆様にご挨拶させていただけることを光栄に思います。

また、このところ私の心の中にあった考えを述べる機会を与えていただき、光栄であると同時に感謝の気持ちでいっぱいです。

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まず第一にセントジョセフ・カレッジのような立派な教育施設が横浜にあり、青少年を指導することができるという地域社会の幸運を心から祝福すべきであると思います。

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特に私が申し上げたいのは、ガシー校長と先生方の揺るぎない、そして自己犠牲的な献身があったればこそ、多くの困難と、条件的に不利な状況に置かれているにも関わらず、この学校がこのような輝かしい成功を収めることができたのだということです。

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信じていただきたいのですが、私が次のように申し上げても、決して賞賛しすぎるということはありません。

すなわち、この組織を築き上げるために長い年月をかけて奮闘した紳士たちの勇敢な姿を描き出す適切な言葉を見いだすことはできないということです。

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これは容易に成しえる業ではありませんでした。

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彼ら困難な取り組みに立ち向かいました。

それはもし環境に恵まれていたとしても、十分骨の折れるものでした。

ことにこの横浜では、地域の事情と幾重にも重なった偏見によって状況はさらに複雑でした。

しかし、様々な評判をものともせず、勇敢な忍耐と不屈の決意で取り組んだ結果、長きにわたる気概と根性が勝利し、成功を勝ち取ったのです。

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困難が奇跡を生むという言葉がありますが、セントジョセフ・カレッジはそれが正しいことを裏付ける明白な証拠です。

その驚異的な成功は、当初の困難があったからこそ達成されたものであります。

すなわち困難が創設者たちの精神を鍛え、不屈の決意を強化し、彼らの心を奮い立たせたのです。

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今日この学校は、四半世紀近くにわたる努力の末、私たちの良き友人たちが成し遂げ、そして今も成し遂げつつある取り組みの真の記念碑として存在しています。

しかし、諸君、彼らは、単なる物質であらわされた記念碑よりもはるかに永続的な記念碑を完成させ、そして今も完成させつつあるのです。

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今日ここに集まった私たちがこの世を去った後も、私たちの友人たちが広めた知識、彼らが呼び起こしたさらなる知識への渇望、成し遂げた親切な行い、示してくれたコスモポリタン的な共感、授けてくれた人生に対する寛大な見方、与えてくれた教え、私たちの心に蒔いてくれたインスピレーションの種、そしてこの学校の生徒たちに植え付けた善と美徳への畏敬の念は、生徒たちと彼らの子供たちの心と精神に生き続け、まだ見ぬ世代へと受け継がれていくでしょう。

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良き教えと賢明な訓戒を後世の人々の心と精神に永続させることこそが、創設者らにとって最高の記念碑を形作ることになるのです。

それは大理石よりも頑丈で、真鍮よりも長持ちするものです。

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第二に、私はこの学校の生徒たちが、学長と彼を支える先生たちが、自分たちにどのような恩恵を与えてきてくれているのかを、感謝の気持ちを持って理解しようと努めるよう願っています。

彼らは遠い国々から、海と陸を数千マイル旅し、最終的にこの日本でこの教育機関を設立し、この地域の少年たちを、遅かれ早かれ誰もが飛び込まねばならない人生の戦いに備えるために教育するという大義に生涯を捧げるために尽力しているのです。

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少年たちに提供できる最高のサービスは、この彼らが提供しているものに勝るものはないでしょう。

なぜなら、教育による教養と規律なしには、若者が賢く幸福で、社会に役立つ人間になることは不可能だからです。

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教育は、美徳と幸福への扉を開く鍵であると言われています。

その鍵は、諸君が教えを受けている賢明な先生たちによって提供されています。

先生たちの唯一の目標は、善良で有益な市民、そして社会の価値ある一員となるよう諸君を育成することです。

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私は、諸君がさまざまな国籍の生徒が集まる学校の生徒であることは、特に幸運なことだと思います。

なぜなら、異なる国から来た少年たちと対等な立場で交流することで、ある特定の民族や国籍が他の民族や国籍よりも優れていることはないということを、知らず知らずのうちに教えられるからです。

そして、他の国の人々と自分たちを比較してみると、どこでも同じように、良い人と悪い人が平均的にいることが分かるでしょう。

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異なる国籍を持つ人々とのふれあいや交流は、当然ながら地理的な境界や人種の区別を消し去ってゆくに違いありません。

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それは、諸君がふれあうすべての人々を理解し、共感できるようになることを教えてくれるでしょう。

そして、広い視野を持つコスモポリタンになるよう訓練し、全世界を諸君の故郷、すべての人々を兄弟としてみなすように導いてくれるでしょう。

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もちろん、諸君は自らの母国を常に愛し続けるでしょう。

しかし、学生時代にさまざまな国籍の人々と出会った経験は、将来必ずや貴重な財産となるでしょう。

なぜなら、それは「他者の視点」を考慮することを学び、今後出会う人々に対する理解を深める傾向にあるからです。

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私は、諸君が、本校が提供する素晴らしい機会を最大限に活用し、一生懸命にしっかりと勉強し、勤勉さと従順さをもって、先生たちが諸君のためにしてくれていることすべてにどれほど感謝しているかを示してくれることを心から願っています。

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第三に、そして最後に、今年卒業を迎え、より本格的な職務に就くために学校を離れる諸君に言葉を贈りたいと思います。

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卒業生諸君、今日という日は諸君にとって幸福で誇らしい日です。

学業を修了し、セントジョセフで培った高潔な志、明るい夢、高い理想に駆り立てられつつ、すばらしい世界へと旅立つ日です。

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今日、諸君は少年時代と青年時代が交差する場所に立ち、多くの喜びと満足への期待をかける未来に、熱意と自信、そして熱い心を抱いて目を向けています。

そして今こそ、自問自答すべき時です。

「あなたはどこへ行くのか?」

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今日、諸君が勇気と自信そして幸福を感じているのは良いことです。

なぜなら、若さとは、全世界が諸君の足元にひれ伏し、希望と進取の精神が諸君の存在全体を生き生きと輝かせる人生の美しい瞬間だからです。

§

私は、諸君の甘い白日の夢のごとき偶像を打ち砕こうとしたり、あるいは、諸君燃えさかる大望に水を差したりというようなことは決してしません。

しかし、私は切に願っています。

青春は永遠に続くものではなく、真のライフワークに全力で取り組む準備を今からしておくべきであると、諸君が常に肝に銘じておくことを。

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学校や大学を卒業したからといって、教育が完了したわけではないということを忘れないでください。

なぜなら、私たちの人生は最初から最後まで、展開し続けるものであり、教育だからです。

生きること、学ぶこと、考えることが私たちの仕事だからです。

そして、容赦なく時が流れ、日々が過ぎていく中で、愚かな自己満足によって、自分自身を向上させようとする努力を一切せずに、人生の流れにただ漫然と身を任せるような人間には災いが降りかかるでしょう。

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人生における成功の秘訣は、チャンスが訪れたときに備えることであることを常に忘れないでください。

チャンスをつかむための備えは、努力と苦労を伴う準備によってのみ整えることができるのです。

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何事にも誠心誠意、全力を尽くして取り組み、すべてを完璧にやり遂げるようにしなさい。

そして、信念と勤勉さをもって支えられた強い意志の前には、すべてが屈するものであることを確信しなさい。

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失敗を案ずることはありません。

なぜなら、自信を持ち、成功できると信じれば、あらゆる障害を克服し、乗り越えることができるからです。

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しかし、物質的な成功を得るだけでは十分ではありません。

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諸君はそれ以上のものを追求しなくてはなりません。

なぜならば人生のこの期間は、崇高な義務と人類への奉仕のために諸君に与えられたものなのですから。

人生を歩む中で、自分自身と自らの生活環境を向上させるだけでなく、他の人々をも助けることが諸君の義務なのです。

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誰かが書いているように、私たちがこの世を通過するのは一度だけです。

したがって、同じ世界に生きる仲間に対して親切にすることができるなら、たった今そうすべきなのです。

§

選り好みして、奉仕の機会を失うことのないようにしてください。

なぜなら、私たちは二度とこの道を通ることがないからです。

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私たちが人生においてなすべきことはすべてにおいて、強くあること、勇気に満ち溢れていること、男らしく断念することです。

そして、戦いつつ、神が私たちを置くことを望むその場所において、最善を尽くしつつ、日々勇敢に前進しなければなりません。

詩人ロングフェローは、次のように述べています。

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楽しみでも、悲しみでもない、

ぼくらの定められた目的と道は。

行動することだ、日々新しく

進歩しつづける自分を発見するために

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人生において考慮すべきことは、単に「義務とは何か」ということであり、「快楽とは何か」ということではありません。

そして、果たすべき義務とは、明らかに自分にとって最も身近にあるものなのです。

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偉大さは我々の塵に、神は人にとても近い。

義務が汝はしなければならないとささやくと、若者はできると答える

(ラルフ・ウォルドー・エマーソン-筆者註)

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時に、私たちの義務が何であるかを正確に決定することは困難です。

なぜなら、多くの場合、私たちには同じように開かれている2つの道が現れるからです。

しかし、私はニューマン枢機卿が述べられたことが正しいと思います。

すなわち「義務に関する問題では、最初に考えたことの方が最も良いことが多い。

なぜなら、それには神の声がより多く含まれているからである」

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人間であるということは、弱く、過ちを犯しやすいものであるということです。

故に私たちは時に誤りに陥ります。

しかし、私たちの義務は、あるがままの義務を果たすことであり、またそれから逸脱しないことです。

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私たちは、理性と良心に従って正しいと判断したことを行い、その結果はより高い力に委ねるべきです。

友人や知人からどんな批判を浴びようとも、私たちは義務から目をそらすべきではありません。

なぜなら、私たちの役割は義務について考えることであり、結果や事象について考慮することではないからです。

そして、何事であれ正しいことを行うのであれば、大胆に行うべきです。

正しいことをしようと意志する魂には、助言は必要ないのです!

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今日、世界で切実に求められているのは、恐れを知らない独立した精神を持つ真の男です。

一攫千金を狙うような人や、ごまかしのテクニックに長けたタイプではなく、高い志を持つ真剣な人、希望に駆り立てられ、名誉に燃える人、尊敬に値する有益な人生を送り、誠実で忠実な市民となる人、 そして知性、進取の精神、エネルギーにあふれた勤勉な労働者です。

私は本日卒業される諸君が、与えられた仕事が何であれ、それに一所懸命取り組み、しっかりと徹底して行おうという強い覚悟持って社会に出ていくことを心から願い、信じています。

そして、世の中は常に善良な人材を求めているということをいつも忘れないでください。

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デベッカー氏はジョサイア・ギルバート・ホーランドの詩を引用して卒業生たちへのはなむけの言葉の結びとした。

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ミカエル修道士が作曲した「セントジョセフ・マーチ」が流れ、式典は幕を閉じた。

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この翌年、関東大震災に襲われ横浜の大半が灰塵と帰す。

セントジョセフもまた一時神戸への移転を余儀なくされたが、その後元の場所への帰還を果たした。

戦後は同じ山手町内のサン・モールとヨコハマ・インターナショナル・スクール(YIS)とともに、横浜の外国人子弟教育を担ってきたが、2000(平成12)年、100年間にわたる歴史を閉じる。

跡地である山手町84番地は売却され、かつての学び舎の地は大規模マンションへと姿を変えた。

 

マンション提供公園にはセント・ジョセフ同窓会によって銘板が設置されている

 

壁面にはガシー校長の肖像をかたどった銘板やセントジョセフを表す意匠が埋め込まれている

 

図版:
・(トップより)卒業生写真2点、デベッカー氏肖像:Saint Joseph’s Collage, 1922, Forward所収

Saint Joseph’s Collage, 1922, Forward(セントジョセフ・カレッジ1922年卒業生名簿)表紙と目次

・その他の写真4点:筆者撮影

参考資料:
・Saint Joseph’s Collage, 1922, Forward
The Japan Gazette, July 7,1922

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