この度神奈川奉行は、ブラフの土地を競売に付すことを正式に決定した。
競売は7月25日木曜日、税関保全倉庫事務所上階大広間にて行われる。
図面は32番地の事務所にて閲覧可。
目録は近日完成予定。
ボーン商会
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これは1867(慶應3)年7月16日、ジャパンヘラルド紙に掲載されたブラフ(現在の山手町)の借地権売り出しの公告である。
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砂州や埋め立て地から成るバンド(関内の居留地、現在の山下町)に比べ、高い崖地(ブラフ)の一帯は居住に適した土地とみなされており、外国人たちは早くからここを居留地とするよう要望していた。
慶應2年「横浜居留地改造及び競馬場・墓地等約書」において居住地として開放することが決定され、翌年7月25日(旧暦6月24日)競売によって借地権が売り出されたのである。
英国海軍駐屯地、横浜、日本 1865年4月11日
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競売で土地を手に入れた人々によって、しゃれたバンガローや和洋折衷式の住宅が建てられるようになる前、ブラフには生麦事件(1862年)を機に派遣された英仏両軍が駐屯していた。
バンドからブラフに向かう坂(現在の谷戸坂)の西側にはすでに外国人墓地があり、生麦事件の犠牲者リチャードソンもそこに眠っていた。
現地人によって殺害されたリチャードソンの墓、横浜、日本 1865年4月11日訪問
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ブラフの土地競売は1867年以降、数回にわたって行われ、1870年の時点で230番まで、公共用地を除く158区画が売りに出されたという。
1875年には英仏両軍が撤退し、ブラフのほぼ全体が住宅地となる。
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さて冒頭に示した告知に先立つ1867年6月27日、同じジャパンヘラルド紙に、競売の条件等が掲載された。
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公告
日本政府は居留地(現在の山下町―筆者注)の東側に位置する丘陵地を、今後指定する日程にて競売に付すこととし、その条件について通知する旨、公告する。
売却条件
一.土地は図面に番号で示された区画に分割される。
今後の参考資料とするため、同図の複写版に日本政府の土地担当官が正式に押印したものが、現在横浜に存在する数か所の外国領事館に配布され、保管される。
二.最高額を入札した者を購入者とし、2名もしくはそれ以上の入札者間で何らかの紛争が生じた場合、その土地は再度売却に付される。
三.各区画は、1坪につきメキシコドル25セントの価格で売り出され、入札は1坪につき1セント単位の上乗せで進められる。
区画は図面および印刷された目録の記載に基づいて売却される。
四.一区画もしくは数区画を購入した者は、売却日から3日以内に、購入した土地1区画につき50メキシコドルを購入保証金として第72号官庁の土地担当官に納入し、その合計額について領収書を交付される。
購入代金の残額は、権利証が作成された時点で、その旨が通知され、購入者は全額を納入次第、購入した区画の権利証を交付される。
その際、権利証1件につき5メキシコドルを支払うものとする。
五. 売却後可能な限り速やかに、政府は購入者に対し、測量士による当該土地の最終測量を行う日時を通知する。
その際、購入者は、政府による測量を確認するため、自己の費用負担によって有能な人物の援助を受けてその場で最終的に測量に同意し、その結果が賃貸借契約書および図面に記載される。
購入者が自らの代理として、前述のような測量を監督・確認する者を派遣しなかった場合は、日本政府による測量を最終的なものとし、それに基づいて賃料と購入代金を査定し、算定するものとする。
六.各区画に植生する樹木は、日本政府により値付けされ、その価格は販売目録に記載される。
樹木の全部を評価額にて、もしくは一部を、評価額を按分した額にて引き取ることについては購入者が選択できる。
購入者が樹木の全部または一部を引き取ることを希望しない場合、日本政府は自らの負担により、購入者が購入を希望しない全部または一部について伐採し、撤去する。
その後に購入者が伐採及び撤去を希望する場合には、自らの費用にてこれを行う。
各区画の購入者は全員、売却日から10日以内に本件に関する意向を政府土地担当官に通知しなければならない。
通知を怠った場合、購入者の有する区画に植生する樹木の全部を政府の評価額にて取得するものとみなされる。
購入者が万一その一部のみを取得する場合も、取得する数量と支払額の調整は、区画の最終測量時点で決定するものとする。
樹木とは、幹のどの部分においても胴回りが24インチ(約60センチ)もしくはそれ以上のあらゆる木を指す。
幹の胴回りがそれ以下の灌木及び樹木は下草とみなされ、伐採及び整地する場合は、その区画の購入者もしくは占有者自らの費用負担にて行うものとする。
七.購入者が、通知された日時および場所において購入額全額を納入しなかった場合、権利証が弁済されていない区画は、日本政府が告知する時期に公売に付されるものとする。
また当該不履行者が保証金として納入した金額は没収されるものとする。
八.いずれの区画の購入者または占有者及びその相続人、遺言執行者、管財人もしくは譲受人は、12月12日付の江戸協定(「横浜居留地改造及び競馬場・墓地等約書」―筆者注)に基づき、日本政府に対し、毎年の徴収に応じて百坪あたり12メキシコドルの賃料を支払う。
第一回の支払いは購入代金が完納される時点で行われ、以後、毎年同日を以って地代の発生及び支払の期日とする。
九.権利証書の譲渡は、その名義人の国籍の領事館において登録を行うことに加え、日本政府当局に通知され、土地担当官によって当該権利証書に正式に裏書および押印されていない場合は無効とする。
十.購入希望者は、図面の記載により、割り当て区画の位置関係及び条件を確認できるため、誤りや誤解を主張することにより、本売却に伴う条件の履行を怠ることは認められない。
しかしそれにもかかわらずいかなる反対理由を述べようとも、購入者自らがその責任を負うものとする。
十一.本競売において売却されなかった区画については、今後、日本政府が適切と考える時期に、一般競争入札に付される。
しかし日本政府は、今後の売却における価格を現在の売却条件で公表されている売出価格と同額とすること、また売れ残る可能性のある区画を個別の契約によって、もしくは、現在の売却条件において公表されている地代より低い価格にて売却することはないことを保証する。
神奈川奉行 水野若狭守
売却は競売人であるボーン商会によって行われる。
調査が十分に進み次第、同社により目録が発行される。
数日内に同社事務所において借地に関する草案を閲覧することが可能となる。
図面の作成次期及び閲覧場所については、然るべく告知する。
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7月13日のジャパンヘラルド紙にはバンド32番地の事務所で図面を閲覧できると記されている。
こうして数度にわたる告知を経ていよいよ7月25日に競売が実施されたのであるが、そこで繰り広げられたであろう丁丁発止のせりの様子をつぶさに伝える記事が翌日の新聞に掲載されているかと思いきや、残念なことにそれは次のような簡潔なものであった。
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土地売り出し
昨日午前10時30分、公告の通りボーン商会により日本政府が所有するブラフの土地約12万5千坪の競売が行われた。
年間借地料が非常に高額(100坪あたり12ドル)であること、また坪単価も25セントと高額であることから、数区画しか売れないだろうというのが大方の予想であった。
最初の6区画が入札なしで進んだため、この予想は実現するかと思われた。
しかし7番目の区画で口火が切られ、その後はほとんどの区画に次々と入札が行われた。
坪当たり1ドルという高値のものもあれば、26ドル以上から1ドルまで、場所により価格は様々に分かれた。
日本政府は各区画の境界をより明確にしておくべきだった。
どう考えても、実際に購入したものが想定と多少違っていて、失望するケースがいくつか生じると思われる。
道路もより明確であるべきだったし、何よりも図面が正確で、全体の整合性が確保されているべきだった。
整合性が取れていないと憤慨する声が聞かれた。
日本政府は今回の売却に満足していると思われる。
我々としては銅やその他の産物も今回同様競売に付すことを政府に期待したい。
それが関係者全員にとって最良である。
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記事からは日本政府が用意した図面の完成度の低さへの不満が読み取れる。
しかし競売自体は日本政府にも、外国人たちにも良い事とみなされたようで、この方式を銅などの輸出品にも適用してはとコメントしている。
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ところで「土地売り出し」という見出しのこの記事の最後の段落には、唐突にも次のような文が書かれている。
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長崎を発した英国海軍フリゲート艦ヴィネタ号が昨日到着した。
同艦が伝えるところによると、キリスト教徒約200人が当局に逮捕され、投獄されたとのことである。
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長崎の浦上村で僧侶の立ち会いなしで葬儀が営まれたことをきっかけに、キリスト教徒とみなされた村人らが捕らえられ、拷問により棄教を迫られた「浦上四番崩れ」。
江戸幕府が横浜山手を外国人居留地として開いた同じ年に、長崎の日本人キリスト教徒たちは幕府により拷問を受け各地に配流された。
翌年、江戸幕府が瓦解した後も残されたキリシタン禁制の高札を明治政府が撤去するのはそれよりさらに5年を経た1873(明治6)年2月24日のことである。
図版:
・The Daily Herald Japan, July 18, 1867.
・英国軍駐屯地写真(筆者蔵)
・外国人墓地写真(筆者蔵)
参考資料:
・The Daily Herald Japan, June 27, July 13, 18, 26, 1867.
・横浜山手教育委員会編『横浜山手 : 横浜山手洋館群保存対策調査報告書』(1987、横浜市教育委員会)