3月2日日曜日。
朝7時。
休日は起きる時間が遅いので、かる。さんは散歩前にごはんです。
あまりおなかがすきすぎても吐いちゃうので。
今朝はごはんを食べないかる。さん。
気持ちが悪いようです。
もう少し寝かせてあげると、9時頃に起きて食べた。
(平日は散歩後の6時20分頃に食べます。)
近所をさささっとお散歩して・・・。
また花木園へやってきました。
今日は前回より家族連れがたくさん来ていました。
犬はいなかったなぁ。
もちろんここも梅の花は咲いていない。
1本だけ場違いのように咲いていました。
一段と可憐に見えてしまうぅぅ。
今日も花よりかる。さんの散歩。
疲れていただかないと。
歩け。
歩け。
歩くんだ、かる。ぅ~~。
と、園内を2周して散歩終了~。
これだけ意味もなく歩けば、にぶいかる。さんも気がついたかな?
1月にもだるま展を見に来た『ギャラリー工房わあす』へ再び。
今回はお雛様展です。
明日までなのを忘れてました。
この日は家の前にねこさんがいて、繋がれたかる。さんはワンワンワンワン大興奮。
仕方がないので駐車場まで戻って、車の中でお留守番していただきました。
3月3日。
耳の日です。
そして、ひな祭りでしたねぇ。
ひな祭りが何なのか、考えたことなかったので、調べてみました。
●桃の節句の由来
■桃の節句は、平安時代から
桃の節句の起原は大変古く平安時代に遡ります。昔の日本には五つの節句(人日・上巳・端午・七夕・重陽)があり、当時この行事は貴族の間では、それぞれ季節の節目の身のけがれを祓う大切な行事でした。その中の一つ「上巳(じょうし)の節句」が後に「桃の節句」となります。
■上巳の節句が桃の節句へ
平安時代、上巳の節句の日に人々は野山に出て薬草を摘み、その薬草で体のけがれを祓って健康と厄除けを願いました。この行事が、後に宮中の紙の着せかえ人形で遊ぶ「ひいな遊び」と融合し、自分の災厄を代わりに引き受けさせた紙人形を川に流す「流し雛」へと発展してゆきます。
室町時代になるとこの節句は3月3日に定着し、やがて紙の雛ではなく豪華なお雛さまを飾って宮中で盛大にお祝いするようになりました。その行事が宮中から武家社会へと広がり、さらに裕福な商家や名主の家庭へと広がり、今の雛祭りの原型となっていきました。
■初節句のひな祭りは、身のけがれを祓う災厄除けの行事です。
ひな祭りは、高貴な生まれの女の子の厄除けと健康祈願のお祝いとしての「桃の節句」が、庶民の間にも定着して行ったお祝いです。
ふむふむ。
桃の節句は白酒を飲む日っつうことか。
ひな祭りの白酒も菱餅もひなあられもイマイチおいしくない。
だから祝日になれなかったのだろうか。
庭につないでおくより車の中の方がゆっくり見学できてよかったわん。
かる。さんはちょっと怒っていたみたいだけど、おやつを1個あげたら機嫌がなおりました。
ひな祭りだけど、かる。さんには特別何もなく・・・。
でもうちの定番メニューのちらし寿司だけはちょこっとあげました。
無病息災をお願いしつつ・・・。
白酒の代わりにビールもいただきました。(私が・・・。)
近所にいつもお散歩している多摩川を見下ろすカフェがあります。
どんな風に見えるのか行ってみました。
まだ夕陽が沈む前です。
陽が沈んだ後は日よけを上げてくれます。
なかなかオツな景色です。
さつまいものモンブランと今日のコーヒーの『梅のコーヒー』をいただきました。
まずまずのお味で・・・。
かる。さんが来る前はこうしてのんびりコーヒーを飲むのが好きだったんだよなぁ。
今は出勤前に御茶ノ水のマックであわただしく100円コーヒーくらいしか飲めないけど。
いつもの多摩川の公園。
この日は釣り客がたぁ~くさんいました。
カフェはこのへん。
カフェからは歩いてる人もよく見えたんだけどなぁ。
かる。さんはいつものように石の上でまったりタイム。
なんだかうさぎにも見える・・・。
今週のかる。さん。
体重7.8キロ。
先週と変わらず。(ホッ!)
ゲロッピ2回。
嘔吐はしなかったものの、気持ち悪そうな朝が2日。
でもガマンガマン。
薬を1日おきと2日おきと交互に試していきましょー。