◆◆◆
すべてが終わり、静けさが広がる。
状況を把握すべく、外へでると、あちらこちらに、死骸が転がり、入って日の浅いだろう隊士たちが、茫然と口をあけて立っていた。
おおかた、この惨劇を繰り広げたのは、総司なのだろうことが見てとれた。
しかし、見渡せど、その姿は、どこにもない。
いいようのない不安が押し寄せる。
「土方さん、ご無事で」
斎藤が情報収集に走りそばを離れると。
島田とともに、戻った千鶴が俺の姿をみつけて声をかけてきた。
しかし、その声すら耳に入らない。俺は必死で総司を探した。
隊士が見据える先を追う。
先ほど無理に動いたのがたたったのか、包帯から血がにじむ。
忘れていた痛みが押し寄せてくる。
「総司・・・」
不安が心臓をつかみ上げる。必死で前へとふみだす俺に、千鶴が叫び声をあげた。
「土方さん、どこへいくんですか!」
千鶴が走り寄り、留めようと腕をつかむ。その華奢な手をはらいのけて前へと進む。
「土方さん、戻って下さい」
「うるさい!!あいつを一人にしちゃぁいけねぇんだよ」
前を見据えたまま突き進む。
「沖田さんが来られていたのですか?・・・、待って下さい!私もお伴させて下さい」
「局長!」
向こうで隊士に支持をだしていた島田も気づいてそれに追随する。まだ、残党がいるかもしれないと止める声も届きはしない。
わき目もふらず、前へ前へと足をふみだす。
俺はただ、ひたすらに、重い体をひきずって歩いた。
◆◆◆
陣屋の脇の竹林の奥、空がうっすらと白み始める。
その抜け道の向こうに、光を背負う影を見つけた。
無残に、切り刻まれ紅く染まった浪士の躯が転がり、持ち手をなくした、何本ものぼろぼろの刀が無造作につきささっている。
暁に染まる光の中に、影が泳ぐ。
白とも茶色ともとれない、柔らかな髪が、風にゆらいで。
俺は、ぼんやりとしたその姿を、立ち尽くして見つめた。
「総司・・・・」
愛しいその名を呼ぶと、
こちらの姿を見つけた、影が、嬉しそうに笑う。
くったくのない、あの頃のような、悪戯めいた顔をして。
けれど、その影は、ふらふらとボウフラのように怪しくゆれて、やがて、ぼろぼろと、こぼれおちながら、崩れていく。
『僕は、消えたりしませんよ』
あの日と同じ、儚げな笑みから一滴こぼれおちる水滴が光とともに消えていく。
風にあおられて、散りそよぐ花弁のように。
陽光に煌めいて霧散して消えた。
短かったのか、長かったのか、その様をぼやけた瞳で見つめ続けた。
こぼれおちた刀が一振り、ザックリと音をたてて、地上に突き刺さる。
絡んだ細い布切れが、所在無げにたなびいた。
「土方さん」
追いついた、千鶴と島田が、声をあげて走ってくる。
それに背をむけたまま、死骸の山を越えて、その一振りに手をかける。
戦いの壮絶さを物語るかのように、原型をとどめぬほどに刃こぼれを起こした、総司の愛刀。
まだ温もりのある、突き刺さったままの、刀身を両手でつかみ、首を垂れる。
しがみつくように、体重をあずけ、膝をつく。
また・・・・・。
それにしがみついたまま、小刻みにゆれる俺の背中をみつめ、二人は、近寄ることもできず、それを見ていた。。
『土方さん、僕は、新選組の剣になりますよ。近藤さんを守る剣になるんです』
『あぁ』
『こんな僕でも、土方さんはいいんですか?』
『あぁ、かまわねぇさ。もう決めたんだ。必ず、近藤さんを押し上げてみせる。お前と一緒に・・・な』
◆◆◆
四半刻ほどたっただろうか、
目を堅く結び、やがて、意を決して立ち上がる。
刺さったままの刀を見下ろし、微笑みかけ、拳を握りしめると、そのまま、ゆっくりと、背を向けて歩きだす。
陣屋へと引き返す俺の後をあわてて、千鶴が追いかける。
「沖田さんの刀・・・」
放り出して歩き出す、そのことが理解できないのだろう。俺の服をつかんで、置き去りにされた、それに向かってたちつくす。
「あぁ、いいんだ。飾り物の刀なんていらねぇよ。誠の刀は、この手の中にあるからな」
<今度こそ・・・一緒に行こう。>
◆◆◆
いつもいつも、間に合わない。
いつも、いつも、つかんだ先からこぼれ落ちていく。
重たいものばかり残していきやがる。
それでも生きろといいやがるから・・・・。
いいやがる・・・から・・・
だから、総司、せめて、最期の最期まで、俺の生きざまを、そこで見て・・・いやがれよ。
お前が守りたかったもの全部、責任とって守ってやるから。
明治2年5月11日、函館五稜郭で、銃弾に倒れるその日まで、鬼のごとく前を見据え、ついてくるものの、武士としての魂を守るために、一人、誠の旗を掲げたまま、銃弾の降り注ぐなか、刀一本握り璃締め、ひたすらに駆け抜けて、そして散った。
『誠にあの人は、最期まで本物の武士であったよ。』
後に語りつがれるその人の、
一人の鬼に、『薄桜鬼』と言わしめたその人の、
生きざまのごとき、凛と誇る桜が咲く。花びらが、崩れゆくその亡骸を守るように舞い散っていた。
散ってなお、咲き誇るのは・・・。
<散らない花 最終章>
終
−完−
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