幕末の動乱期を描いた司馬遼太郎の長編時代小説「峠」を、「雨あがる」「蜩ノ記」の小泉堯史監督のメガホン、役所広司、松たか子、田中泯、香川京子、佐々木蔵之介、仲代達矢ら日本映画界を代表する豪華キャストの共演で映画化。
あらすじ:徳川慶喜の大政奉還によって、260年余りにも及んだ江戸時代が終焉を迎えた。そんな動乱の時代に、越後長岡藩牧野家家臣・河井継之助は幕府側、官軍側のどちらにも属することなく、越後長岡藩の中立と独立を目指していた。藩の運命をかけた継之助の壮大な信念が、幕末の混沌とした日本を変えようとしていた。「蜩ノ記」に続いて小泉監督作に主演する役所が主人公となる継之助に扮し、継之助を支え続ける妻おすがを松たか子が演じる。
<感想>幕末動乱期、越後長岡藩家老・河井継之助が、圧倒的な兵力を持つ新政府軍に戦いを挑む姿を描いた作品である。藩の指導者の舵取りの難しさ描いていて、いうまでもなく幕末の各藩の薩摩藩と長州藩を主力とする新政府軍と、徳川幕府に殉ずる佐幕派のどちらにつくかの判断を迫られた。
長岡藩は名門の譜代、牧野家を領主としたから、藩内では佐幕派は強い。しかし家老の河井は近代化を進めようとする開明的な人物。鎖国など続けていたら日本の国が持たないと考えている。勤皇か佐幕か、新政府に恭順するのか、それとも幕府を守って新政府に反抗をするのか。その板挟みに悩む。
そこから見つけ出したのが、「独立独行」新政府とも佐幕派とも距離を置く武装中立である。その時、河井継之助が西欧にはスイスという中立国があるのを知っていたという事実には興味深いものだ。だが、河井継之助の武装中立は新政府軍の容れるところではない。新政府軍は長岡に迫って来て恭順を迫る。それに何とか対抗しようとする継之助と、新政府軍(土佐藩)の軍艦、岩村精一郎との面談が、この映画のクライマックスといえよう。
談判は継之助の必死の努力にもかかわらず決裂。長岡藩はやむなく東北諸藩とともに奥羽越列藩同盟に加わり、新政府軍と開戦。ぞの結果、長岡の町は焦土となってゆく。このあたりは、現在のウクライナ情勢を思わせ、胸が痛くなる。
しかしながら、おそらく負けると分かっている戦いに、藩士たちを導いていく継之助の決断に、疑問を抱く人もいるだろう。越後長岡藩は、代々徳川幕府の譜代大名であり、徳川家に恩がある。中立が避けられないならば、戦う大義はどちらにあるのか。勝つも負けではなく武士として義を重んじ、己の信念を貫くために継之助は西軍と刃をまみえるのだ。
侍としての生き方にブレない継之助は、真のリーダーとは何かを考えさせられる存在でした。だが、彼の存在と越後長岡藩の状況は、巨大な武力に自分の国を守るために戦っているウクライナを重ね合わせるような思いでした。逆にいえばこの物語は、時代が変わってもある普遍性を持って観る人の心に迫ってくる力があるようだ。
何といっても魅力的だったのが、河井継之助役の役所広司。洋式の近代兵器を取り入れる開けた目を持ちながら、武士としても凛とした生き方を崩さないところ。妻の松たか子を誘って一緒に芸者を上げて遊ぶさばけた一面もありながら、貿易商から妻のために西洋のオルゴールを買い求めるところ。武士としての厳しさもあるが、妻に対しての優しい心も持ち合わせている。
西軍に歯向かうことに反対する若い藩士たちに、闇討ちされそうになった時には、刀を向けられながらも言葉によって彼らを説得する凄さもある。
その継之助の妻・おすがを演じた松たか子の、夫を支える武士の妻として一途に主人への献身も見ていて気持ち良かった。合戦シーンでは、一度は西軍に手に落ちた長岡城を奪還するための、城の町口御門での攻防戦をはじめとし、戌辰戦争ならではの砲火と白刃が入り乱れた戦いが見どころである。まさに時代の流れに杭して自分の道を突き進んだ河井継之助そのもの。
サムライとしての信念を通しつつ、何としても戦いを避けようとする継之助。ブレずに生きた日本人のお手本としては興味深いが、結局は時代の波に飲み込まれていくのが悲しい。
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