そして自分は大江戸線に乗り牛込神楽坂に降りたつ。
なんだかタダの大江戸線ぶらり途中下車の旅だ。
まあ、それはそれでお次は『筑土八幡神社』。
其の神社が町名に使われるほどだから
歴史はそうとう古い由緒ある神社だ。
創建は809~823年と云われているから相当なもんだ。
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で、着く。
しばし満開の桜に見とれる。
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そしてそして中に。
この急な石段を昇っていくと…
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いやはや全く!!
見事しか云いようのない光景が辺りに拡がっていく。
此の景色を見て美しいと思えるんだから
まだまだ自分の中に日本人としての心があるんだと確信。
着物の似合う乙女を此処に立たせて撮影してみたいとも。
きっと素敵な写真が撮れるだろう。
自分はスキルがないので其の横で両手を広げ
「5、4、3、2、1~!終了~!!」と
其の場を仕切るからさ(コミケかよっ)。
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結論から書こう。
真実に目を向けよう。
此の神社には将門公は祀っておりません、ハイ。
八幡様だからメインは応神天皇ですわ。
何故、将門公うんぬんになったのかというと。
え~と、調べたんですがね。チョロっと。
時は1613年、江戸城は田安門近くにありました
田安明神が此処の築土八幡神社のそばに引っ越してきました。
しかも隣に。
名前も『津久戸明神社』と変わりました。
なんでわざわざ隣に建てたのだろうか?
名前も似たようにして参拝客のおこぼれでも…(以下、省略)。
時代は300年も経ち大東亜戦争末期、
津久戸明神社は空襲により全焼。
そしてまた引越しします、靖国神社の裏手の方に。
…そう其の神社が現在の『築土神社』。
其の辺りの話がこんがらがって
『築土八幡神社』も将門信仰うんぬんになり
『平将門北斗七星結界網』の仮説を立てた人は
此の神社を加えたのだろうか?
嗚呼、やっぱり調べてみるもんだね。
3つ廻ったところで将門公が関係ない神社が2つ…。
ま、気にせずに行こうぜよ(笑)。
ご朱印も頂き手を合わせた後は
将門公の中心地と云われる例の大手町1丁目に向かう。
自分の聖地でもある。
神楽坂を何を飯を食べようか考えつつテクテク歩き
気付いたら食事を取らずに地下鉄に乗り
神楽坂を後にしますた。
うーん、それにしても此の癖はなんとかならんものか。
よく出掛けた先で飯でもと考えながら
何を食べようかと迷いながら気付いたら帰宅してるのである。
結果的には節約になっているんだがね(笑)。
~脱線したので強制終了。続け~