本書は、筆者の言うとおり「やや心構えに関する議論に傾きすぎてい」（p.277）る印象を受ける面もあるが、社会保障がなぜ必要なのか、そして社会保障の拡充はどのようにして可能なのかという基本的な、されど決定的な要点をコンパクトにまとめた良書である。
まず、本書を貫いていると思える「自己責任」批判は、多くの思想家や歴史家の言を紡ぎながら、どういう「自己責任」が想定されてきたのかという、いわば「自己責任」史を展開している点で新しい。これらの歴史的な背景を踏まえた上で初めて、現在盛んに喧伝されている「自己責任」の歴史的な意味を把握することができる。
これだけ壮大な論理展開を、リアリティを失わずに行うことができるのは、これまで様々な国・時代の労働運動や社会制度の研究を行ってきた筆者なればこそ可能なわざだと思われる。
こうした様々な時代・国の歴史、思想、政治を背景に簡素な言葉でまとめられた「自己責任」論批判には、爽快感さえ覚える。その一部を紹介したい。
「全面的な「自己責任」は、意思決定の完全な自由と表裏一体の関係にある。アクターが、完全な意思決定の自由を持っていない場合には、その人に意思決定の結果を全面的に帰属させるわけにはいかないのである。」（p.105）
「「生きるも死ぬも彼の自由である」ということによって、失業のために食事もとれずに死ぬような人の境遇を論評するとすれば、そのような論評は、人間的な感性の面で問題があるだけでなく、論理的にも倒錯していると言わなければならない。」（p.112）
「今日の、あるいは最近までの「自己責任」論には、そのような経済的条件を欠いたままに、個人の自己責任を喧伝する傾向があった。むしろ、もっと厳しくいえば、そのような経済的条件を掘り崩す政策とともに主張されたのである。」（p.245）
なお、筆者は、「自己責任」批判だけでなく、その現代的な形態を支える「市場万能主義」とでもいうべき思想に対しても、ラディカルな批判を加えている。
「・・・・・・市場は生活に必要なものなのだ。しかし、市場は生活を保証するものではないのである。少し固くいうと、市場は、商品と金銭とを交換する、等価の、公正な交換を保証するだけであり、売り手や買い手の人間としての生活（生活が成り立っているか、どのような生活か、など）にはまったく無関心なのである。」（p.241）
「今日の“市場社会”の一つの落とし穴は、社会のこのような多面性あるいは多層性を無視して、すべてが市場の論理によって説明されうるかのように錯覚することである。」（p.234）
最後に、本書を貫くもう一つの重要な視点として挙げられるのは、社会保障の拡充がどのようにして達成されてきたのか、という問いだ。市場を通じて生じる不平等の是正が必要であるとして、しかしながら、それはインテリや官僚によって自動的に行われるわけではない。
労働組合やNPO法人、市民団体の活動はもとより、「どのような社会、どのような経済をつくっていくのかは、究極的には、われわれ普通の人間がどのように考えるかにかかっている」（p.277）というのが筆者の思いである。
研究を行っている者、これから社会学・経済学・政治学などの学ぼうとする者にとっては必読の書であり、どのような社会、どのような経済をつくっていくのかを考えたいと少しでも思う人は誰でも、是非、一読していただきたい本である。
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【本の概要】
著者名：田端博邦（たばた・ひろくに）
書 名：『幸せになる資本主義』
出版社：朝日新聞出版
出版年：2010年6月
【目次】
第一章 いろいろな資本主義
第二章 アメリカ型「自己責任」
第三章 資本主義世界の転換
第四章 市場と政府
第五章 「自己責任」から「社会責任」へ
第六章 人間のための資本主義
終 章 「自己責任」を超えて
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