先月、国会で税と社会保障の一体改革の関連法案が成立しました。消費税率の引き上げが注目を集めたなか、社会保障改革についても議論されました。しかし、そこであまり取り上げられなかったのが、福祉サービスを提供する労働者が抱える問題です。介護や保育などのケア労働は、スキルや責任、負担度などと比べて、社会的な評価が低く、労働条件もよくありません。
なぜケア労働者の賃金は低いのでしょうか?これには、「女性労働」という視点から考えることが必要だと竹信さんはいいます。2000年に介護保険が導入された際、介護報酬を定めるのに参照されたのは、それ以前に介護に携わっていた人たちの報酬でした。介護保険以前に介護を担っていたのは、無償労働の「嫁」や夫の収入に支えられた主婦ボランティアでした。女性なら誰でもできる、夫の収入があるという前提があり、それが施設の介護労働者の待遇も抑え込んでいました。「介護の社会化」とされた介護保険制度でも、「介護=嫁労働」という考えは引き継がれました。「扶養されている主婦」を想定した制度設計は、自分で経済的に自立しなければいけない層を介護職から遠ざけてしまっているといいます。
こうした労働条件の悪さは、介護の質にも影響を与えています。教育訓練がされない、優秀な人材が流出する、利用者に虐待を行う……。その結果、利用者の間に介護労働者のスキルを低く見る傾向が強まり、さらに介護報酬が低下するという悪循環が起きているとしています。
日本のケア労働観の背後にあるのは、1979年に打ち出された「日本型福祉社会」構想です。「日本型福祉社会」は、安定した家庭と企業を前提として、市場でこれを補完し、国家は最低限の生活保障にとどめるという考えに立つものです。自民党政権はオイルショックによる経済危機と財政難を理由に、「家庭(=主婦による無償労働)と企業(=男性に賃金を渡して主婦を扶養させる)に任せる福祉」を提唱するようになりました。これをもとに福祉削減が進められます。さらに85年には男女雇用機会均等法が成立しますが、それは女性の深夜勤務の禁止などの女性保護撤廃と引き換えでした。こうして、無償福祉の担い手である主婦を養うよう義務づけられた男性の長時間労働が「働き手の基本」として定着し、無償福祉を抱えて長時間労働についていけない女性が育児や介護の合間に非正規労働者として働くモデルが広まっていきます。非正規雇用については、のちに自分で家計を支えている人にも拡大されることによって、さらに大きな問題となります。「日本型福祉社会」構想はこのようにして、現在のケア労働者や非正規労働者の待遇の悪さに影響しているのです。
介護保険が導入された2000年以降も、ケア労働者の処遇改善は進みませんでした。背景として、新自由主義による構造改革と、保守派による男女平等参画への抵抗があります。ケア労働について、保守派は「報酬を求めない主婦による愛の行為」(2005年の第二次男女共同参画基本計画策定の直前、自民党内の保守派のプロジェクト・チームでの発言)であると主張し、新自由主義派も「スキルの低い主婦の仕事」として社会保障費の削減に結び付けようとしたことによって、介護労働者の低処遇が続きました。
このような状況にあるケア労働を立て直すためには、「主婦労働」という偏見を取り除くことが不可欠だと竹信さんはいいます。そうした取り組みはすでに始まっています。ノルウェーでは、女性が多いケア労働者が中心となって、男性の多い仕事と女性の多い仕事の賃金格差を改善させる「同一(価値)労働同一賃金」の運動が盛り上がり、2009年の総選挙の争点となりました。デンマークでは、訪問介護ヘルパーの「安全衛生」を確保するために、サービス開始時に利用者の自宅の家具を移動させるなどして環境整備を行っているそうです。日本でも、介護労働者が腰痛になったときに特別有給休暇を取ることができるという画期的な労働協約の締結に、札幌地域労組が成功しています(今号では、同労組書記長・鈴木一さんへのインタビューも掲載)。ケア労働をスキルや責任といった観点からきちんと評価していくためにも、「長時間労働できる」「全国転勤できる」といった、家庭責任を担わない働き手をよしとする評価のありかたを改めていく必要もあるでしょう。
9月22日(土)には、『POSSEvol.16』刊行記念として、竹信三恵子さんをお招きしてトークイベントを開催します!介護・保育を中心とする「ケア労働」をテーマにお話ししていただきます。ぜひご参加ください。
※詳細はこちらよりご覧いただけます。
9/22(土)に『POSSE vol.16』刊行記念イベント「『ケア労働』が「ブラック」化する?」を開催します!(http://blog.goo.ne.jp/posse_blog/e/9510ff9622c5a330c3be90a4b929a61c)
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NPO法人POSSE(ポッセ)は、学生と社会人を中心とした若者が雇用問題や貧困問題に取り組むNPOです。 POSSEでは主に労働相談を受け付け、問題解決のアドバイスをしています。労働相談は年間400件近くにのぼり、数々の相談事案から見えてきた問題にもとづき、調査活動、セミナー開催による啓発活動、雑誌出版による政策提言などを行なっています。 2011年の震災後には仙台市を中心として被災者の生活支援活動を行なっています。 こうしたさまざまな活動を通じて、若者自身が社会のあり方に関わりを持っていくことを目指しています。
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