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NPO法人POSSE(ポッセ) blog

竹信三恵子『ルポ賃金差別』書評

日本には、まわりの正社員とほぼ同じ仕事をしているのに、なぜか賃金が低い・昇給がないという人々が多くいます。たとえばパートやバイトなどの非正規と正社員、派遣社員と派遣先の社員、一般職の女性と総合職の男性。これらは、仕事内容は同じもしくは同等なのに、雇われ方の違いだけで名称が変えられ、初めから正社員とは異なる賃金体系が敷かれています。そこには「低賃金でもかまわない人たち」という「差別」が存在しています。この『ルポ賃金差別』は、そういった様々な線引きによる賃金差別を訴訟や当事者への聞き歩きから明らかにし、また賃金を下げるための手口が社会にどのようなひずみを生み出しているかを探っているものです。

賃金差別はなぜいけないのか、という観点から、この本の内容をまとめてみたいと思います。
まず、賃金差別を受けている非正規の賃金は大変低く抑えられ、フルタイムで働いても食べていけないワーキングプアが増えている、という点があります。有期契約労働者は、働く女性の半数、すべての働き手の3人に一人を超えています。そして、2011年にはそのうち年収200万円以下の働き手は74.0%に達しました。

ところが、それだけではありません。賃金差別は、正社員側の賃金をも下げる効果を持つのです。それをよく示す事例が、この本に取り上げられています。

2000年、大阪市内の近畿運行管理センターでトラック運転手をしていた臨時運転手4人が、賃金差別訴訟を起こしました。
近畿運行管理センターでは、当時、正社員には基準賃金のほかに扶養手当、洗車手当、補食費、型別運行手当、勤務形態別手当、宿泊手当、臨時賃金といった「本件各手当」がプラスされて賃金が支払われていましたが、臨時社員は基準賃金だけでした。
原告の4人は、3か月契約を繰り返して8年から4年継続して働いていました。また原告と同じ控室でロッカーが隣、チームも同じだった正社員運転手が原告の支援に回っていて、自身の仕事と臨時運転手の仕事が全く変わらないことを証言しています。期間を見ても仕事の内容を見ても、とても「臨時」とは言えないと思われます。また、原告らは臨時社員であるために日程表の公休を正社員の都合で勝手に変更されていて、仕事の負担度から言えばむしろ臨時社員の方が重かったことさえうかがえます。
しかし、2002年の地裁判決で原告は敗訴し、最高裁まで上訴しましたが覆すことはできませんでした。この判決では、原告らの仕事の実態ではなく、「どのように位置づけられた仕事か」を判断基準にし、賃金の決定方式や労働契約の内容が異なれば、賃金差別はやむを得ないという判断が下されました。これは賃金差別に対抗する手段を奪う判決だと竹信さんは指摘しています。
そして、抑えられた非正規の水準に合わせて、正社員の手当が削減されていきました。「非正規運転手との格差の是正」を理由に、会社側は休憩時間を増やして残業代を払わずに済ませ、また病気休暇もなくしました。労組の試算では、年85万から110万の減収となるものでした。

また、多くの非正社員は常に契約打ち切りと隣り合わせにあるため、賃金を上げてほしいと交渉したり、ましてやこの事例のように提訴することなど全く考えられないという状況です。仕事は長期にあるにもかかわらず、短期契約の繰り返しで雇う手法は、働き手から自分の価値を主張する手段を奪う、賃金差別の温床だと指摘されています。その結果、非正社員は競争して成果を上げても、最低賃金にせいぜい10円20円の時給上乗せがあるだけです。にもかかわらず、「この世は実力次第の競争社会」「賃金が安いのは競争に負けたから」という呪文によって、非正社員はなんとか収入を確保するために積極的に残業を引き受けるなど、過労死へも追いやられていく、という問題もあります。

全く同じ仕事をしているのに、「臨時社員」というレッテルによってより軽い仕事のはず、とみなされ、低い賃金でかまわないといったことが当たり前に語られる。あまりの低賃金と不安定さのために、そうした雇用形態に仕分けされた人たちは、年金のための社会保険料や、ときには失業保険のための雇用保険料も払えない。そんな現状が広がっています。

『ルポ賃金差別』では、そうしたさまざまなレッテルによる差別を、例を挙げながら並列して示しています。それぞれの根っこには、「夫に養われている女性の仕事」=「家計補助労働」としてのパート労働・非正規労働があり、つながった問題だからです。これから労働問題を勉強する、という人には、そのつながりがよくわかる本だと思います。一読をお勧めします。

(大学2年生、ボランティア1年目)

【本の概要】
著者名:竹信三恵子
署名:『ルポ 賃金差別』
出版社:筑摩書房
出版年:2012年


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