見出し画像

NPO法人POSSE(ポッセ) blog

新しい制度の導入(前半) ~失恋休暇ってナンだ?~

1.人事戦略の変容

 いま、“失恋休暇”なるものが注目を集めている。Hime&Company社が創設した制度で、文字通り、失恋したら休暇が取れるというものだ。(詳しくは→http://dic.yahoo.co.jp/newword?ref=1&index=2005000436)他にも、多くの企業でユニークな制度が新設されている。たとえばここ数年のワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)諸制度は画期的とも言える。子どもの授業参観日や誕生日などに休める「ホーム・ホリデー制度」や夫の転職に合わせて職場を自由に変更できる制度が新たに取り入れられている。
 他にも多くの企業が近年こぞって取り入れている制度の一つに、メンター制度がある。名称は「ブラザー・シスター制度」など企業によって様々だが、職場のメンタルヘルス対策として注目された制度である。上司や先輩が担当になった部下や後輩の面倒をみて、仕事を覚えさせたり、職場内外での相談に乗るなどの役割を果たす。この場合の上司や先輩がメンター(ギリシャの賢者「メントール」に由来。)、部下や後輩がメンティ(未熟練者)にあたるわけだ。近年では多くの企業がこの制度を取り入れ、新入社員や中途採用者の社内教育に活用している。


2.なぜ、「ユニークな制度」が導入されるのか?

 失恋休暇に代表されるように、各企業は人事戦略の転換期を迎えている。この事態を、どのように考えることが出来るだろうか。たとえば上述の失恋休暇やワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)諸制度の導入に関しては、「長時間労働を無くして、休むべきときに休むことによってむしろ生産性があがる」という議論がある。確かに生産性をめぐる問題も、新制度が考案される一つの理由ではあるかもしれない。しかしながら、問題は、なぜ「ユニークな制度の導入」という形で生産性の向上が目指されるか、ということである。なぜ各企業は有給休暇を取得しやすいような職場環境、社会の機運を醸成するのではなく、「ユニークな制度」を導入するのか。この問題を整理しなければ、人事戦略の転換がどのように行われているのかを観察することは出来ない。
各企業の担当者によれば、新制度を導入する大きな理由の一つは、「人材流出の防止」だそうだ。年功序列制度や終身雇用制度のような、「会社に残留しさえすれば安心して暮らせる」時代はもう終わった。正社員であってもいつクビにされるかわからないし、解雇されずに会社に留まったところで上昇する回路が閉ざされているケースも多分にある。一方で今では転職市場も整備され、人はより高い待遇や、将来性を求めて簡単に企業を離れることが可能になった。そうした状況に対して、企業は、会社に必要な優秀な人材に年功序列や終身雇用に代わるインセンティブを与えることを余儀なくされているのだ。
ここで、人事戦略の変化が、企業間の人材獲得・人材囲い込み競争の下で起こっていることに注意しておこう。社会全体の労働条件の向上が目指されるのではなく、企業の「独自の」取り組みとして制度の導入が行われているのだ。ユニークな制度の導入ばかりがポジティブに評価される一方で、有給休暇などの従来の諸制度が十分に活用されていないという実態は看過されてしまう。失恋だろうが授業参観だろうが、有給休暇がきちんと活用されていれば事足りるのに、である。
元々福利厚生を国家に代わって企業が行っていた日本では、福祉が温情主義的なものだったといわれる。日本での福利厚生は、所属する企業のランクに応じて企業から「与えてもらう」ものであった。大企業に入ることができて初めてそれなりの福利を享受することができた日本は、生活保障が「当然の権利」・「国家の責務」であったヨーロッパ的な福祉国家とは対照的である。
 人事戦略の変化にもかかわらず、導入された諸制度は依然として温情主義的な性質を有している。「温情」であればこそ、各企業にとっては人材囲い込みの必要性や経済状況に応じて、バルブを自由に開閉することが可能となる。また、個々の労働者にとっては、社会的な権利としての有給を取得することによってではなく、各企業が個別に定めた諸制度という恩恵にあずかることによって、初めて仕事を休むことができるのだ。


3.メンター制度はなぜ流行るのか?

 もう少し立ち入って考えてみよう。失恋休暇やメンター制度の最大の特徴は、上司と部下との密接なコミュニケーションが前提となっている点にある。部下が失恋したことを上司が察知するにせよ、上司に失恋の事実を部下が告げるにせよ、2人の間が相当親密でないといけないからだ。
IT化の進行や年功序列制度にかわる成果主義の導入に伴って、職場内での競争が激化し、人間関係が希薄化しつつあると言われる。とはいえ、従来の年功序列制度が競争を排していたわけではない。企業に入るまでの熾烈な競争はもちろん、人々は企業に入ってからも、勤続年数による年功賃金制度の下で一度脱落したら再起することが難しい状況におかれていた。つまり、最初に入った企業で昇進を目指すべく同期社員と競争を繰り広げるしか社会的に上昇する道が無かったということである。昔から、ある種の競争原理を前提に、職場内での一体感が創出されていたのだ。成果主義の導入は、そのような競争原理をより露にしたと言えるだろう。
職場における競争が露骨に現れるようになるにつれ、労働者間の仲間意識は希薄化していく。企業は、職場における仲間意識や職場に対する所属意識の再興を迫られているのだ。
 この再興をめぐっては、たとえば社員同士で食事を作りあうなどして文字通り「同じ釜の飯を食う」形式を採る企業もある。この手法で想起されるのは、比較的、旧来のような職場を単位とした仲間意識に近い。一方でメンター制度は、職場意識をより個人レベルの人間関係で復活させる機能を有している点で非常に斬新だ。このような密接な人間関係を通じた上司と部下との紐帯は、旧来の職場を単位とした仲間意識とは大きく様相を異にしている。職場という枠組みの中で社員間の仲間意識が保たれるのではなく、個人と個人の関係をつうじて職場全体の一体感が創出される。
 誰がいつ会社を辞めるとも知れない、何人かが離職していくのが当たり前の現状においては、職場を単位とした一体感に頼っているだけではモチベーションを維持・向上するのに不十分だ。メンター制度はそのような所属意識の欠缺を補完する役割を担っている。
 今年のバレンタインデーには、「義理チョコ」ならぬ「世話チョコ」の登場が話題を集めた。「同じ職場だから」あげる義理チョコよりも、「お世話になった上司や先輩」にあげる世話チョコの方が、数は少ないがランクは高くなるそうだ。こうした職場文化の変化も、新たなタイプの紐帯を示唆しているのかもしれない。
チョコはともかくとして、メンター制度をメンタルヘルス対策のためだけの制度と考えるのも、新入社員教育のためだけの制度と考えるのも、過小な評価にすぎない。端的に言って、「この人と一緒に(この人の下で)働きたい」というメンティのモチベーションを喚起すること、翻ってメンティへの指導を通じてメンターのモチベーションをも喚起することが可能となる。「人材流出防止」よりももっと積極的な「やりがいの創出」を目指すことが可能になるのだ。


4.「温情主義」の変容

 ところで、先ほど温情主義的だと分析した諸制度は、新たなタイプの紐帯の下でいかにして運用されるのだろうか。
休む側にとっては、今までは企業にもらっていた休暇が、上司にもらうものへと変わっていく。もちろん上司が休暇を与える根拠は企業の制度枠組みにあるのだが、運用レベルに照準を合わせて考えれば、どのくらい休暇を取れるかどうかは上司の裁量によって決定されている。つまり労働者にとっては、「温情」を与える主体が職場から上司個人へと変わっていくことになる。「温情」をたくさん与えられる場合には、休暇を「与えてもらう」側は上司に世話になっているという認識を持つだろう。やはり、有給休暇を社会的な「当然の権利」として認識することは難しい。
逆に「温情」を全く与えられない場合にはどうだろう。昨年の東京都産業労働局の統計では「人間関係」の相談が急増していたが、実際に相談の中身を見ていくと実際には「賃金不払い」や「退職強要」の事例であることが多かった。この場合、相談に赴いた者は賃金を不当に「奪われている」(そしてその分の金は企業へ流れるのだから、奪っているのは企業である。)にもかかわらず、上司との人間関係がうまくいっていないがために嫌がらせ的に「与えてもらっていない」のだと事態を認識していることになる。残業代を払わなかったり休暇を取らせなかったりという法律違反が「人間関係の悪化」という形態で現れるのは、有給休暇が「上司の与えてくれるもの」であることの裏返しであると言える。「温情」を与える主体が企業でなく上司であるかのように制度の運用が変化することによって、休暇が取れないことを企業の責任と認識するのは困難になっているのである。
 また、運用する側にとっては、その人が会社にとってどのくらい囲い込む必要があるのかどうかに応じて、与える休暇の量を自由に変更することができる。フレキシブルな労働力として雇った短期で辞めて構わない者は使える間にたくさん使い、幹部候補の正社員には転職しない程度に休暇を与えておけばよい。個別の運用は、そのような差別を当然のように持ち込むことを可能にするのである。休暇を与えられずに働いている側にとっては、ますます上司がある者には優しくある者には厳しくあたっているように見え、自分と上司との人間関係がうまくいっていないように認識されるのである。



*****
後半では、諸制度の問題点と、POSSEは何をしていくことができるのか、何をしていくべきか、ということについて考えたいと思います。お楽しみに!
(ing)

コメント一覧

ゆあら
本筋からははずれるのですが、職場で、レジ業務を主に担当しています。
面接のときに、女性は、重いものがもてないから、
レジを、やってもらいますといわれました。
似たようなことを、別の職場でもいわれたのですが、
重い荷物をもてる女性は少なくても、小荷物の仕分けや、レジ業務をできない男性は、少ないと思います。
男性社員が、指導できるのならば、男性アルバイトや
パートだってできるはず。
受付や、レジは女性という内部での、性別による
“職種わけ”は、あきらかに間接差別だとおもいます。こういうあいまいさも、なくす制度を作ってほしい。サービスカウンターに来るのは、男性も、女性も、両方です。
名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

※ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「ニュース解説・まとめ」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事