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NPO法人POSSE(ポッセ) blog

「新」人事制度導入の背景

企業の人事制度が変わり始めている。

ロフトでは今月16日、2350人を正社員登用する。昨年にはユニクロなどで相次いで非正規雇用の正社員化がすすめられており、流通業界で人材確保競争が進んでいることに大きな要因があると思われる。
ここで注目したいことは、これらの企業がただ「正社員化」を進めているだけではないということだ。正社員化は新しい人事制度の導入と多かれ少なかれ結びついているケースが目立つ。
ロフトでは、細分化された職務を評価し、経験と能力に応じてパートでも賃金が明確に上昇していける仕組みをつくるという。こうした人事制度は「同一価値労働同一賃金」と呼ばれる「職務に基づく評価システム」の要素を含んでおり、年功賃金や雇用形態(パート、契約、正社員などの区別)によって管理する、日本型の人事制度からの脱却傾向を帯びている。

●不合理な日本型評価システム

個別企業単位で導入が進む「同一価値労働同一賃金」は、働く人の職務内容を細かく評価することによって賃金を決定する仕組みで、欧米では広く取り入れられている。一方、日本型の評価システムは年功や学歴、雇用形態など、職務とは直接関係のない個人的属性によって賃金に格差がつけられる「属人評価システム」である。欧米では、こうした属人的な基準に基づく格差は多くの場合が違法扱いとなる。雇用形態や勤続年数による差別は日本では当たり前に行われている現象だが、これは細かく規定された「職務」=「仕事の内容」によって評価されるシステムに比べれば、不合理で恣意的なものになるシステムであるということができるだろう。
実際、日本型の属人評価システムの下で、非正規雇用は正社員に比べて極めて低い賃金に抑えられてきた。これはもちろん、非正規雇用の「仕事の内容」が正社員のそれに比べて軽易なものが多いという事情によるところもある。ところが、「では非正規の仕事は正規に比べてどれだけ簡易で、どれだけの賃金格差が妥当なのか?」という問いに対しては、あくまでの「人物評価」の比較になってしまうので、客観的な理由を示すことができない。
現実には非正社員の時間当たり賃金は正社員の半分以下という場合も少なくない。これほどの格差の合理性はいったいどこにあるのか? こうした問いに答えるためには結局「職務」を細分化し、細やかな評価システムを作る以外に方法はない。むしろ、そうした評価を行わず、曖昧な人物評価で賃金が決定されてきたことにこそ、格差の本質がある。


●受け入れられる「職務給」

人材獲得競争が激化する中で、新しい人事制度としてこうした「属人評価」ではない「職務評価」の基準が持ち込まれつつある。新制度が導入されるロフトの社員について朝日新聞(3/4付)は「今まではパートの定着が悪く、仕事を教えてはやめられる繰り返し。時給もすぐ頭打ちで、長く働く人ほど意欲が下がりがちだった。新制度は職務を細分化し、経験と能力に応じて時給を下げる「一人ひとりの仕事の質が上がり、店がいっそう活気付いてくれれば」と期待する」と報道している。
不合理な格差を生み出している「属人評価」から職務を正当に評価する仕組みに変えることで、仕事を覚えるモチベーションや働き続ける意欲につながっていくということだ。すなわち、働き続けてもらうためにはこれまでのような不合理な差別はもう企業もできないのだ。

●背景にある労働市場流動化

このように企業が職務評価を取り入れている理由には、人材ビジネスの爆発的な広がりや法改正によって引き起こされている急激な人材流動化がある。最近ではスーパーのレジ打ちのような、従来は直接雇用のアルバイトが担ってきたような仕事までが、派遣社員に置き換えられるなど、雇用社会の隅々まで派遣が浸透している。また、正規・非正規を問わず転職の斡旋が広がりを見せている。電車のつりかわやWEB上には、しばしば多くの広告が掲示されている。紹介会社を通じた契約で、雇い入れる企業はその労働者の年収の25~35%分に相当する紹介料を払わなくてはならない。人材ビジネスは今では10兆円産業にまで成長したといわれる。これが大きな負担となって企業にのしかかっているのだ。
また最近顕著な現象は、これまでのように非正社員の派遣社員や契約社員が企業間を流動するだけではなく、正社員のあいだにまで転職がブームになっていることだ。
企業はこれまでのような「年功賃金」や「主審雇用」は行わなくなっているため、労働者は階層衣津御(上昇)の活路を転職に見いださざるを得ないのである。属人的評価で不合理な差別がまかり通るだけでなく、終身雇用や年功賃金が無くなるとあれば、一つの企業で働き続ける魅力は著しく失われることになる。
しかも、人材会社を通じずに直接人材を確保しようとした場合は、求人雑誌の広告料などでさらに負担は増える可能性がある。すでに市場を席巻している派遣会社と人材獲得競争を行わなければならなくなっているからだ。そしてせっかく採用した労働者も、属人システムで不合理な管理をされることで、またすぐにやめてしまうかもしれない。人材会社をテコにした労働市場の激しい流動化は、個別企業の不合理な人事システムと結びつき、労働者の離職率を著しく高めている。
このように、「新しい人事制度」の確立を企業が積極的に図っている背景には、過剰に流動化した労働市場の中で人材獲得のコストがあまりにも高くなっていることに理由があるのではないだろうか。

●政財界の方向は?

では、政財界はこうした動きをどう見ているのだろうか。これらの動きについて明確なリアクションは今のところ見られないが、一つだけいえることは、彼らの一部にもこうしたロフトのようなシステムを日本の労働市場全体で取り入れていこうという志向があるということだ。
すでに述べたような労働市場の過剰な流動化は、そもそも国と財界が推し進めてきたものである。これまでの属人評価システムと終身雇用のシステムからの脱却への対応として、派遣法・労働基準法の改正や「再チャレンジ政策」による転職を奨励し、労働者の離職を促してきた。
それによって外部労働市場を構築し、これまでのようにたくさんの労働者を企業の中に抱え込むのではなく「必要なときに必要な人材を」集めやすくすることが狙いだった。ところが現実には、外部労働市場の構築どころか、人材確保に多額のコストがかかる不安定な労働市場が形成されてしまった。
それもそのはずで、健全な外部労働市場の形成にはすでに述べてきた「職務給」の考え方が一企業を超えて存在しなければならない。そもそも属人的な評価は、企業を超えた人材評価システムとしては機能しないからだ。それぞれの企業で「人物」への評価は異なり、評価の基準が限りなく曖昧になっていく。
ゆえに、労働者は何を求められているかわからず、そしてどうすれば自分の収入が安定するかわからない。不安ばかりが募るから「転職」でスキルアップしようと思う。しかし、ほとんどの転職はすでに述べて理由から当然年収を引き下げるのである――「虚偽の希望」。
こうなることは初めからわかっていた。外部労働市場構築の旗振り役である八代尚宏氏は、すでに当初から職務評価の重要性を指摘している。ところが職務評価の推進よりも、とにかく企業内の人材の放出、リストラや人材ビジネスの拡大ばかりが先行してきた。
政財界の一部にも、危機感が見られる。同氏も重要な位置を占める経済財政諮問会議労働市場改革専門委員会においては、職務給の導入について明確な指摘もなされている。

●終わりに

労働市場にむけた政策的対応が遅れる中、個別企業の中で人事制度を刷新する動きが現れていることは、とても重要だ。POSSEは当初から労働市場について職務給を導入する形で改革するべきであることを提言している。(style3
紹介した事実は、社会の流れが確実にこの方向へ進んでいることを示しているといえるだろう。

コメント一覧

company
勉強になります
http://company.jugem.jp/
いつも拝見しています。
諸外国でもあるでしょうが、日本の場合『義理と人情』という言葉があるくらいですから特に客観的評価を職場内で下すことなんてできないと思います。
いい面もあるかもしれませんが、それ以上に職場内に『不公平感』を生むことになっているのが実情じゃないでしょうか?
かといって、成果を出した人間にはそれ相応の評価を出すべきだと思いますし、、、難しい問題かなと思います。
ゆあら
属人評価システム
>以前から、これを非常に感じていました。
私個人の経験ではないのですが、有能でも、
上司に気に入られない人、もしくは、上司の感性
と相反する能力をもっている人は、冷遇されているというケースをいくつかみてきました。
個人的に、職務遂行力と、個人の性格や、個性は
はっきりと分けて考えるべきだと思います。
職場での評価には、もう少し客観性と論理性が
あってほしいと思う今日この頃です。
Unknown
「何を求められているかわからない」、その通りだと思います。

「人間力」とか曖昧な価値指標のまま競争させられては、たまったものではないですね。最近の就職情報誌を見ていたら、「給料が高い」とか「子育て支援」の他に、「採用基準がはっきりしている」というインデックスがありました。実際中身を見てみると「○○、××、…を総合的に判断し、…」ってな具合で全然はっきりしてないんですが。
就職先を探している人間にとっては切実な問題だと思います。
PECO
転職関連の吊革広告やWeb広告増えてますね
一つの企業に長く勤めるのはもう昔の話になりつつあるのですね。

職務給の導入は男女間の賃金格差の是正のためにも必要なことですよね。
元々非正規の労働者の大半が女性でしたから、正規-非正規の賃金格差是正ということをすれば、男女間格差が是正されるのは当たり前といえば当たり前ですが。
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