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NPO法人POSSE(ポッセ) blog

日比EPA発効、看護士1000人受け入れへ


1.経済連携協定(EPA)とは
 12月11日、日フィリピン経済連携協定(日比EPA)が発効した。7月に発効した日インドネシアEPA(日尼EPA)に続き、本格的に看護師・介護士の受け入れに着手することなる。インドネシアからは300人、フィリピンからは1000人を受け入れる予定だ。
 EPAが自由貿易協定(FTA)と大きく異なるのは、FTAが関税やサービス業を行う際の規制を削減・撤廃するための協定であるのに対し、EPAはFTAの内容に加えて投資を行う際の規制や出入国の制限の緩和を定める協定であることである。FTAが「カネ」、「モノ」の移動を対象としたものであるとすると、EPAは更に「ヒト」の移動をも組み込んだものであると言える。
 こうしたEPA体制の下で看護師受け入れが実現された。その背景や問題点について考えてみたい。

2.外国人労働者受け入れの背景
○労働力人口の減少
 EPAが締結された主な理由の一つに、福祉削減・構造改革に由来する労働力人口の減少が挙げられる。厚生労働省雇用政策研究会「人口減少下における雇用・労働政策の課題」(2005年)によれば、労働力人口は、2004年の6642万人と比較して、2015年においては約410万人減少、2030年においては約1050万人減少することが見込まれている。
 看護・介護業界においては劣悪な労働条件がこれに輪をかけて問題となる。24時間以上の連続労働やその割に異様に低い月収など、介護士の窮境は近年注目を集めているが、看護師もまた過酷な状況におかれている。看護業界の離職率は1年間に21.6パーセント、うち新卒者の離職率は9.3パーセントを占める。実に5000人近い労働者が毎年辞職していくほどの過酷な職場環境が、看護業界における労働力不足を深刻なものにしている。日本医師会は「看護職員の受給に関する調査―2006年10月調査―」で、現行の看護師配置基準を充たすためには2008年4月までに約7万人の看護師・準看護師が必要とする調査結果を発表した。約55万人いると言われる「潜在看護師」を生みだすような労働環境を改善することによってではなく、その労働環境に耐えうる人材として東南アジアのケア労働者を招くことで人材不足を解消しようというのが、今回のEPAの狙いだと言える。

○「養成不要」のケア労働者
 日本の外国人労働者政策は、これまで「高度人材」は受け入れ「単純労働者」は受け入れないという姿勢を基調とし、スキルの無い外国人を労働者としては排除しながら、実際には「研修生」として単純労働に従事させるという方法を採用してきた。
 EPAによる受け入れは、研修制度との差異を強調するなら、既に送り出し国で専門的な知識・技能を獲得した人材を国内労働市場へ組み入れることが目的である。そしてその課題は、現在の日本が人口減少という量的レベルのみならず、教育・技術水準といった質的観点からも充分な再生産が行えていないという矛盾を抱えていることに起因する。日本では、たとえ看護師になったとしても、経験を積む前に約10パーセントの若者が離職してしまう。その一方で日比EPAでは、3年以上(インドネシアの場合は2年以上)の看護師経験が受け入れの条件となっている。つまり、EPAを使えば日本で安定して行うことのできないOJT(仕事をすることで行う職業訓練)を経験した者を連れてくることができる。

○介護産業の民営化・規制緩和
 EPA締結の原動力となったもう一つの理由に、介護産業の民営化・規制緩和が挙げられる。医療・介護は市場の競争原理に巻き込まれることによって、より安価な労働力を必要とする傾向を強める。そのために在留資格要件や入国審査基準を緩和し、外国人労働者移入の規制緩和が財界を中心に要請されている。2004年、経団連は看護・介護分野における外国人労働者の積極的な受け入れについて呼びかけ(「外国人受け入れ問題に関する提言」)、政府は受け入れの検討を行うことを年内に閣議決定した。

3.EPAの問題点
○労働者性・専門性の否定
 EPA看護師候補者は、3年の在留期間を上限に、まず6ヶ月間の語学研修を受け、それから日本の看護師資格の取得を目指しながら受け入れ機関で就労する。この在留期間中に看護師資格を取得できなければ、帰国を余儀なくされる。当然日本語での試験勉強が必要になるので、実際にはここで多くの候補者が脱落することが予想される。看護師資格を取得した者は、3年ごとに在留資格を更新しながら日本国内で看護師として就労を続けることができる。更新回数に上限は無いので、うまくいけば日本に永住することも可能である、というわけだ。
 最初の語学研修の段階では、彼らは労働者にはあたらないとされる。彼らが受け入れ機関と結んだ雇用契約は、語学研修修了後に効力が発生することになっているためだ。次に、資格取得前の就労段階では、彼らはあくまで看護師「候補者」であって、看護師とは見なされない。
 したがって、EPAで来日する看護師候補者は、彼らの労働者性が曖昧な状態で半年を過ごし、残りの2年半を職務の専門性が曖昧な状態で過ごさなければならない。この状態は何をもたらすのだろうか。

○労働条件の曖昧さ
 EPAには、外国人労働者の労働条件は明記されていない。「同じ職務に従事する日本人労働者と同じ待遇」という規定を見つけることができるのみである。彼らは、語学研修期間中はそもそも労働者にあたらず、語学研修後もあくまで看護師「候補生」であるので、看護師と同じ待遇にする義務は全くないというのがこの規定の意味するところである。同様の規定が女性労働者や非正規労働者に対する差別的な労働条件を正当化してきた。
 さらに、受け入れ調整機関である国際厚生事業団(JICWELS)のパンフレットには、「インドネシア人看護師候補者の給料は月20万円以上として欲しいとの要望をしているが、これはあくまでもインドネシア政府の要望であり、実際の求人賃金はそれぞれの受入れ希望施設の賃金なども踏まえて決定すること」と書かれている。フィリピン人看護師候補者の場合にも同様の扱いになることは十分予想される。彼らは3年間の看護師実務経験という高度な技能を持って来日するにもかかわらず、月給20万円未満であっても構わないということだ。パンフレットは、使用者の都合に合わせて賃金はいくらでも安くできるということを明確に保証している。実質的には日本の看護師と同等の業務をこなしながら、しかし賃金規制が全くないという状態は、日本人看護師との価格競争を起こす要因となるだろう。

○在留資格との関わり
 EPAにおいては、受け入れ機関との雇用関係が外国人労働者の在留資格を支えている。就労先を変えるためには法務省の許可が必要であり、その職場から離脱して生計を立てれば不法就労者として排除される。彼らの在留期間は受け入れ機関の申し出によって1年ごとに更新されるため、その度に彼らは劣位な立場に置かれざるをえない。もし更新を拒否されることでもあれば、彼らの在留資格は吹き飛んでしまうからだ。
 しかも、日本の国家資格を取得した後も、彼らは3年契約で働く労働者となる。この際にも在留期間を更新できるかどうかは、就労先次第である。EPAには、こうした不安定な働き方を強いるような側面が強く現れている。

4.おわりに
○フィリピン人看護師の告発
 日比EPAは、もともと日尼EPAよりも先に発効する予定だった。締結を遅らせたのは、フィリピン人看護師らの反対である。
 彼らの批判は、主に以下の点にある。まず、彼らに専門的な技術を求めながら看護師・介護士「候補者」として扱うこと。「グレーゾーン」の労働という日本の偽装に対し、的確な批判を加えている。次に、労働条件が悪いということ。彼らは国内では日本円にして約2万円の賃金を得ることしかできないが、アメリカでは約44万円の月給を得て働いている。日本の労働条件は、彼らにとってそれほど魅力的なものではないのだ。
 この第二の批判は、実に興味深い。彼らはこう主張している。「他国では、日本政府が日本人看護師に与えている給与よりも高い給与を享受しつつ、プロフェッショナルとしてやりがいのある仕事に就ける」と。フィリピン人看護師の約7割は、出稼ぎや永住という形態をとって海外に働きに行く。海外に開かれたフィリピン人看護師の労働市場がすでに形成されている。そのことによって発生しているフィリピン国内の看護師不足や海外で働くフィリピン人労働者の不安定な生活に留意する必要はあるが、他国での「まだマシ」な就業機会が、日本の労働条件の劣悪さを暴露するのである。
 まず、外国人労働者問題に取り組むにあたっては、労働市場に社会的な規範を埋め込むことが重要な課題となる。「シゴト」に基づく、社会的合理性をもった平等な賃金評価に変えていくという日本の労働市場全体に関わる変化を追求することが必要だろう。

コメント一覧

company
勉強になります
http://company.jugem.jp/
勉強になります。
結局、経団連も『優秀な外国人労働者に、、、』とは言っているけれども『安価な労働者』としての位置づけでしか考えていない。政治家も同じ、、、なんだと思います。
Unknown
よくまとまっています。こういう記事は役に立ちます。

個人的な感想としては、職場の決定の自由を制限されていることが「20万円」の政府間交渉の議論よりも重要だと思います。あくまで賃金は労働市場における競争と交渉の「結果」に過ぎません。ですから、労組結成を含めた交渉の権利がどの程度確保されているかということの方が重要になってきます。

職業選択の自由が制限されていることは憲法違反であるだけではなく、選択の自由がなくなるということです。労働条件交渉や労働組合結成などあらゆる回路が遮断されると、労働者は会社に対して逆らうことができなくなりますから、人格的従属は極限に達することでしょう。こうした状況では、職場内の暴力、サービス残業の強要、無理な過重労働、がほとんど例外なく生じます。

社会学的に考えると、これは「労働契約」ではなく、選択の自由がないという意味で「奴隷」に近い状態です。

国家が労働者の就労する職場を管理・決定するというと、いかにも「フォーマルセクター」として聞こえはよいかもしれません。インフォーマルな「不法就労」ではないことを、国家が管理することではっきりさせることになります。また、どこでどの外国人労働者が働いているかわかることも、この「合法性」の高さを示しているという印象があるかもしれません。

しかし、例えばフィリピン人エンターテイナーの労働市場研究では、不法就労者の方が強制売春が少なく、賃金が高いという結果が示されています。エンターテイナーが入国し就労する場合、これを合法的に行おうとすると国家が指定した雇い主のもとで固定的に就労することになります。この場合、仮に経験者の場合でも就労先の希望を出すことはできません。そうすると、労働市場の使用者間競争すら働かず、雇用主は労働者が他の使用者のところに逃げることを心配することなく、強制売春をさせたり、低賃金を強要したりすることができるというわけです。

これが「不法」状態になると、逆に移動の自由が制限されていないために、労働者と使用者の間で交渉の余地がうまれます。使用者からすれば、下手な扱いをすれば労働者が逃げてしまうためです。

これが普通の、「むき出しの自由」が貫徹する労働市場のあり方です。しかし、この「普通の労働市場」の状態で、常に低賃金と不安定雇用が生じます。使用者の方が基本的に立場が強いからです。資本主義で自由に取引する状態の労働市場を「野蛮な労働市場」と呼ぶことがあるのはそのためです。この「野蛮」を改善するために、労働法はこの「普通」の状態以上の規制を求めています。それが労働組合による交渉の権利と、労働基準法による救済です。

だとすれば、国家によって就労先選択の自由が奪われた状態というのは、野蛮な状態よりもさらに後退した状態だということになります。はじめの6ヶ月は労働基準法すら適用されないのですから。

こうした国家政策によって企業の中に労働力を囲い込み、交渉力を奪い取るという方法は日本の労働市場の特徴をなしています。一般の労働者の場合も、単一企業内部にとどまることで、国家福利の肩代わりをさせるという政策が採られることによって、事実上の労働移動の制限がなされてきました。国家の力によって労働者の交渉力を引き下げるという手法は、非福祉国家的な「開発独裁」的な手法です。日本では福祉国家といよりは開発独裁的な政策手法が用いられがちです。政治学者の中には戦後日本を「開発主義国家」と定義するグループもいます。

外国人にはこうした国家による労働者の交渉力の剥奪が、より露骨な形で行われています。外国人の場合、より直接的な暴力によって移動を制限しようというのですから。
こんなばかげた政策を見直させ、近代社会の基本的ルールであるところの「労働者としての権利」を最低限保障しなければなりません。その意味で、就労先選択の自由は現代社会においては、より根本的な問題です。
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