特に、いまを遡ること5年前、現代思想などほとんど読んだことなかった頃に読んだ渋谷さんの『魂の労働』にかなりの影響を受けたひとりとしては、 ぜひ彼にマンガ分析をお願いしたいという願望があったわけです。渋谷さんが現代思想で、音楽や映画ではなくマンガ、しかもアメリカやイギリスではなく日本 の、しかも古本屋やネットオークションを駆使してのみ入手可能なマニア御用達アングラ作品でもなく、近所のコンビニにおいてある週刊誌連載のメジャーな作 品を語っているとすれば、これは画期的ではないでしょうか? そっちのほうがずっと若者に影響力があると思うし、きっと読みたいと思う若者が続出するに違 いない!
とまあ、そんなわけで千葉大の友人のつてで渋谷さんに連絡をとってもらい、なんとかインタビューにこぎつけることになり、早速スケジュールの確認をさせていただくことに。
おそるおそる渋谷さんに電話をかけ、企画の趣旨をお伝えすると、受話器の向こうでつぶやき声が。
「いいけど…」
やった! ついに現代思想とマンガの夢のコラボが実現する…
「マンガ、あんまり読まないんだよね~。」
…。
うすうす覚悟していたとはいえ、恐れていた事態が現実のものとなってしまいました。
かすかに眩暈を覚えながら、そもそもマンガそんなに読んでたらどこかで既に書いてるだろ~という冷静な思考と後悔の思いが脳裏をよぎりました。
こうなったら、マンガについてわざわざ言及してくれなくても、現代思想的なお話をしていただいて、なんとか編集でマンガの背景解説というかたちにするか…。忙しいところ、わざわざインタビューに応じてくれるだけでも相当ありがたいことなんだから…。
一応、渋谷さんにお勧めのマンガをいくつかご紹介しつつ、思想についてのお話だけでも大丈夫ですとお伝えしました。
そこから数日間、私は悩みに悩んで作戦を練ることにしました。
渋谷さんにネグリについて思いつくままに話してもらおうか…いや、それでは入江さんの原稿とまるかぶりだ。そもそもマンガと関係ない。宇都宮さんインタビューの二の舞になってしまう。
そうだ、とりあえずテーマを消費者金融マンガにしぼって、『ウシジマくん』の債務者の描き方の変化について、渋谷さんが『魂の労働』で展開されて いた「アンダークラス」論に依拠しながら解説するというのはどうだろうか。『ナニワ金融道』ではバブル後の不況や中小企業の資金繰りの困難さなどを債務者 の背景として描いていて、消費者金融の主人公・灰原も時に債務者をなんとか救おうとする。これはある意味、福祉的な救済の対象として描かれているようにも 見える。一方で『ウシジマくん』では債務者の描き方が、社会的背景というよりは自己責任的な要素に還元する「アンダークラス」論化しているのではないか? だから主人公・丑島は何の迷いも同情もなく、冷徹に債務者を落とし込んでいくというわけだ。いやしかし、ギリギリの線で債務者への共感やその社会的背景 についてもそれとなく描いているようにも見える。むしろ自己責任論によりそうに見えて、自己責任論やアンダークラス論そのものをひっくり返そうとしている 確信犯的な作品なのではないか?
『ウシジマくん』の債務者を「ダメ人間」として扱う論評をいくつか目にしていたため、そんな思いつきの仮説を立てました。この仮説を渋谷さんによ る背景説明という形で理論的にバックアップしてもらい、強引に構成して原稿にするという苦肉の策に打って出る、それしかない。私は覚悟を決めました。
数日後、インタビューの日がやってきました。
都内某所で待ち合わせ、近くの喫茶店で早速お話を伺うことに。
コーヒーを注文して、渋谷さんはポツリと口を開きました。
「とりあえず、『働きマン』と『ウシジマくん』全部読んできたよ。」
一瞬の沈黙のあと、私は歓喜の涙にむせび泣きそうでした。
わざわざすみません! これでマンガ企画が成立する! 渋谷先生ありがとうございます!
こうして、『働きマン』と『ウシジマくん』をつなぐ思想について、
渋谷さんの鋭い分析が繰り広げられることになったわけです。
しかし、私は胸に去来する違和感をぬぐい去ることができないでいました。
渋谷さんが『ウシジマくん』を読んできた…ということは。
私のひねり出した仮説はもはや不要。
しかし次の瞬間、私は執拗かつ傲慢にも気を取り直し、せっかく用意してきたんだからと自分を納得させ、ウシジマくん「アンダークラス」論を渋谷さんに披露するだけしてみることにしました。
私:「…というわけで、『ウシジマくん』は金融マンガとしてみると、「アンダークラス」論に内在しながら「アンダークラス」論を批判している作品なんではないかと思うんですよ。金融マンガの系譜として『ウシジマくん』を見ると面白いっていう…」
渋谷さん:「『ウシジマくん』って金融マンガとしてはそんなにピンとこなかったなあ。」
そして私は聞き役に徹し、渋谷さんの秀逸なインタビューが完成したのでした。(坂倉)
※雑誌の詳細はこちらまで→http://npoposse.jp/magazine/
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