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NPO法人POSSE(ポッセ) blog

第3回POSSEオンラインアカデミーレポート:履歴書の性別欄はなぜ消えた!?—LGBTQと労働運動—(9/4)

 性別欄を記載した履歴書の様式例が、今年7月に廃止された。性別欄によって不利益を被ってきたのは、戸籍上の性別と自認する性別が異なるトランスジェンダーの人たち。当事者らとPOSSEが中心となり、1万人以上の賛同者を集めた履歴書から性別欄をなくそう #なんであるの」キャンペーンの訴えが政府に聞き入れられた

「POSSEオンラインアカデミー」第3回目の今回は、このキャンペーンを当事者として牽引した遠藤まめたさん、労働運動の専門家として支えた佐藤学さんが、問題の背景やキャンペーンの経緯について講演した。

イベントはビデオ会議システム「Zoom(ズーム)」で開催され、参加者はスタッフを含め40人弱。2人の講演の後は4つのグループに分かれてワークショップを行い、参加者、スタッフ、発表者がざっくばらんに意見交換した。今回のオンラインアカデミーも若い世代の参加が大半を占めた。

 

Zoomで行われたイベントの様子(参加者の名前は分からないよう加工しています)

 

遠藤まめたさんの講演

 LGBTなどの若者の居場所づくりをおこなう「にじーず」代表の遠藤さんは、「履歴書の性別欄がもうすぐ消える話」と題して講演。履歴書に性別欄があることでトランスジェンダーの人たちが受けた差別や、その改善への歩みを語った。

講演する遠藤まめたさん(POSSE事務所)

 

履歴書の性別欄は「古典的問題」

 遠藤さんは、履歴書の性別欄の問題はトランスジェンダーの人たちにとって「古典的問題」だったと話す。法律上の性別を書くと、自分の性的指向や性自認をカミングアウトすることになる。その結果、面接時間のほとんどが「身体の状態どうなってるの」などといった性別の話題に取られてしまう。

一方、自分が認識する性別を書いた場合も、内定が出た後のトラブルにつながることがある。遠藤さんは、内定後にトランスジェンダーであることが知られて内定が取り消された例を紹介し、「よくある悩み、よくある相談」と淡々と語った。

 履歴書の性別欄削除が実現するまでには、17年におよぶ働きかけがあった。きっかけは2003年7月、要件を満たせば法令・戸籍上の性別を変更できる「性同一性障害特例法」が制定されたことだった。同年9月には「日本性同一性障害・性別違和と共に生きる人々の会(gid.jp)」が当時の坂口力厚生労働大臣に面会し、その後も、継続して申し入れを行った。

 しかし、制度変更への取り組みは難航した。2018年には、エントリーシート(ES)にて性別欄を削除した企業が、女性活躍推進企業に付与される「えるぼし」認定を受けられなかった。「女性活躍」の度合いを測るために、男女での採用バランスを認定の基準に含めていたためだ。その後も「えるぼし」の認定基準は2020年まで変わらなかった。

 1986年に施行された男女雇用機会均等法は、労働者の募集・採用時に「性別にかかわりなく均等な機会を与える」ことを事業主に求めている。同法の施行時から性別による扱いの差はずっと違法である。性別情報は履歴書に必要なのか。そんな疑問から、遠藤さんは2020年2月、POSSEとともに「履歴書から性別欄をなくそう #なんであるの」を立ち上げた。

 

「#なんであるの」への対応は「めっちゃ早かった」

 キャンペーンはオンライン署名サイト「Change.org(チェンジ・ドット・オルグ)」上で展開された。「性別を尋ねる合理的理由がないのに、日本中の履歴書にはどうして性別欄があるんでしょう」。こう問いかける署名ページは、約4カ月で1万人以上の賛同者を集めた。

 その後の国や企業の対応について、遠藤さんは「めっちゃ早かった」と振り返る。6月30日には経済産業省に署名を提出。担当者はその場で「行政指導します」と応じた。その言葉通り、7月9日には日本の履歴書の規格を定める日本規格協会(JSA)が様式例から性別欄を削除。8月21日には履歴書を製造するコクヨの執行役員らに申し入れ、「性別欄のない履歴書をつくる」との返事を得た。

8月21日、「#なんであるの」キャンペーンは性別欄のない履歴書を求めてコクヨに署名を提出した。

 今後の展望について、遠藤さんは「LGBT用」の特別な履歴書を作るのではなく、性別欄なしを標準化していくべきだと話す。それにより、「『どの性別を書いて良いか』ではなく、そもそも『企業は性別を尋ねて良いのか』という視点の転換が起きていくのでは」と期待を込める。

 

佐藤学さんの講演

 続いて、NPO法人POSSEの佐藤さんが「セクシャルマイノリティの労働問題は変えられる!」と題して講演した。大学3年時から労働問題に取り組んできた経験を活かし、具体例を挙げながら労働運動の実践方法を説明した。

講演する佐藤学さん(POSSE事務所)

 LGBTQに対する労働問題の解決のためには、具体的な事例への「闘争」と履歴書問題などの「社会キャンペーン」の両方が重要だと佐藤さんは話す。今年佐藤さんが取り組んだ事例として、2019年に東京都豊島区で起きたアウティング事件が紹介された。

 

アウティングもパワハラだ

 アウティングとは、本人の性的指向や性自認を本人の同意なく第三者へ伝えることだ。豊島区のパートナーシップ制度を利用して同性のパートナーと結ばれていたAさんは、採用過程で緊急連絡先としてパートナーの名前を記載した。Aさんは自分のタイミングで他の社員にパートナーについて話すと会社と確認していた。しかし、上司は本人の同意なく他の社員に話した。「自分から言うのが恥ずかしいと思ったから、俺が言っといたんだよ」と悪びれることなく告げられたという。

 Aさんはその後POSSEの相談窓口に連絡し、会社と話し合う「団体交渉」や、本社前での周知行動に参加している。詳しい活動の様子は、以下の動画で紹介している。

 

 

 2020年6月に施行された「パワハラ防止法」は、アウティングもパワハラに含むとしている。同法は性的指向・性自認にかんするハラスメントである「SOGIハラ」やアウティングを含め、企業に防止対策を義務付けた。佐藤さんは、「(労働組合で訴えれば)不誠実な対応や報復に『違法』と言えるから、1人で闘うよりハードルが下がる。労働組合をフル活用していくべき」と呼びかけた。

 

ワークショップでの交流

 イベントの後半は4つのグループに分かれ、講演にかんする意見交換をした。筆者(岩崎)が参加したのは、遠藤さんを含む8人のグループ。自己紹介をしてディスカッションを始めた。

ワークショップで参加者と意見交換をする遠藤さんとPOSSEメンバーら(POSSE事務所)

 興味深かったのは、それぞれがイベントに参加した/LGBTQに関心を持った理由だ。就職活動中という大学3年生の女性は、企業によって性別欄の表記が異なることへの違和感から参加したという。「『自認する性別』のように表記している企業、『その他』の欄を設けている企業、『男性』と『女性』のみの企業などがある。私自身は特に悩んだりせず女性とマルをつけるが、これってそもそも必要?と思った」。

 教育学部で学ぶ男性は、学校現場でのジェンダーの使われ方に注目した。「学校で日誌を書くときなど、男性が何人、女性が何人などと性別でくくられていることが多い」。男性は大学の必須科目でLGBTQについて学び、子どもたちのセクシュアリティーに関心を持ったという。遠藤さんは「中学、高校の先生にこそ知ってほしい」と応じ、自身が中学校に講演に行った際、先生よりも生徒の方がLGBTQに対する関心が高かったことを話した。

 遠藤さんへの質問も出た。「入社後に提出するマイナンバーなどの書類で、性別欄をなくす動きはあるのか」という問いには、社会保険など性別が必要な書類の提出があるため難しいと回答。そこから、入社後にLGBTQの人が直面する問題にも話が及んだ。

 例えば、性別を記載した書類が人目に触れる場所に放置され、アウティングにつながることもある。遠藤さんは、戸籍上は女性でも男性を自認するトランスジェンダーの社員が、書類を見たほかの社員から「お前女性になってたよ」と言われた事例を紹介。その場では「たまに間違えられるんだよ」と笑いを取ったが、後で「なんでこんなことになってるんだよ」と怒りを覚えたという。

 ほかにも、性別を隠すためにパスポートの提出が必要な海外出張を拒み続けていた人が、耐えられなくなって離職した事例もあるそうだ。LGBTQの労働問題にはまだまだ取り組むべき課題が多いと感じさせられた。

 遠藤さんは今回のイベントについてこう締めくくった。「今後もたくさん問題はあるが、それは我々の行動次第で変わっていくこと。今回のように話し合ったり、仲間をみつけたりすることをこれからも続けていければ良いと思う」。

 

スタッフ雑感

 筆者(岩崎)は、前回のオンラインアカデミーへの参加をきっかけにPOSSEの活動に加わった。その理由は、外国人労働者や生活困窮者の労働・生活状況改善に関心があったから。ところが、恥ずかしいことにLGBTQの労働問題についてはまったく無知だった。そんな筆者にとって、今回のイベントは「社会を変えること」に対する新たな視座を与えてくれるものだった。

 最も印象に残ったのは、「#なんであるの」キャンペーンへの政府の対応の早さである。

 遠藤さんのお話にあったように、性別欄をなくすための取り組みは17年に及ぶ。しかし、遠藤さんやgid.jpの粘り強い交渉にも関わらず、今年に入るまで状況はほとんど動かなかった。独自に性別欄をなくした企業が「えるぼし」認定から外れた2018年の例からも、政府のジェンダー平等に対する認識は変化していなかったのだろうと思わされる。

 では、なぜ今回のキャンペーンがこれほど迅速な変化につながったのか。

 その要因の1つは、「数の力」ではないかと思う。すなわち、LGBTQの労働問題に関心を寄せる人の数が、数年前と比べて格段に増えたことだ。ワークショップの中でも「LGBTQについて最初に知ったきっかけ」として、大学の必修の授業で習ったこと、メディアで当事者を多く見かけるようになったこと、当事者の友人がいることなどが挙がった。特に、渋谷区で同性パートナーシップ条例ができた2015年以降、当事者以外の人たちが問題について知る機会が増えたように思う。こうした社会の関心の広がりが、大勢の署名につながり、政府に変化を迫る圧力となった側面もあるのではないだろうか。

 社会問題の当事者や市民団体による運動は、炎のようなものだと思うことがある。「社会を変えたい」という思いの火が人から人へと伝わり、大きな力を生む。今回のキャンペーンから感じたのは、その火を燃え上がらせ、問題解決に向けて勢いづけるためにも、社会に共感の土壌を作ることが重要だということだ。筆者も今回、無知な状態からLGBTQの労働問題に対する共感が生まれた。これからPOSSEでの活動を通じて、この共感の土壌を、もっと多くの人に広げていきたい。

 POSSEでは一緒に活動するボランティアを募集している。当団体はLGBTQの労働問題のほか、ブラック企業問題、過労死裁判、奨学金問題、外国人労働者の支援など、働くことにかかわる問題に幅広く取り組んでいる。そして、POSSEは既にこれらの問題に詳しい人だけでなく、筆者のように「これから学ぼう」という人にも門戸を広く開いている団体だ。「まずは問題について知りたい」、そんな人も、ぜひこちらから連絡してみてほしい。

 

(POSSE学生ボランティア・岩崎真夕)

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