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NPO法人POSSE(ポッセ) blog

書評!!デヴィッド・ハーヴェイ『新自由主義』+ヨアヒム・ヒルシュ『国民的競争国家』


 一年くらい前、某国立大学の学部生たちとビデオ鑑賞会をしたことがある。ビデオの名前は「フリーター漂流」。不安定な労働条件のもと、先が見えない生活を送る若者達を描いた作品だ。NHKで放送されて話題を呼び、旬報社から本も出版されている(松宮 健一著『フリーター漂流』)。私は、今の学生は優等生的だから「格差や貧困がここまで広がっているなんておかしい」という感想がでるのかなと予想したのだが、完全にはずれた。多くの学生は「あの若者達は努力していないのだから、ああなっても仕方がない」「自分もああならないように頑張らないと」という感想を述べたのである。そう、いわゆる「自己責任論」そのままの感想が出てきたのだ。「格差」や「貧困」の現実を突きつけられても、今の社会自体を問うのではなく、個人の問題に還元したり、あるいは自分がそのなかでいかに上手く生き抜くかという方向に流れてしまうようだ。

 「格差」や「貧困」がメディアで盛んに取り上げられるようになって、二年くらい経つ。おかげで、一昔前は見向きもされなかった「格差」問題や「貧困」問題への社会的認識はだいぶ深まったように思う。けれども、鑑賞会の感想に象徴されるように、それが社会批判へとつながることはあまりない。また書籍のレベルで考えても、「格差」や「貧困」がいまなぜ拡大しているのか、という問いに答えてくれるものはあまりない。「若者論」や「フリーター・ニート論」は大流行だが、他方で、そうした問題が起きる背景はあまり認識されていないようだ。自己責任論のまん延に対抗するには、POSSEや個人加盟ユニオン取り組まれている現実の実践にくわえ、問題の背景をきちんと押さえておくことも必要だと思う。そこで、ちょっと堅くなるが、今回は「格差」や「貧困」の問題を考える際の大まかな枠組みや視座を与えてくれる本を紹介したい。

 まず、デヴィッド・ハーヴェイの『新自由主義』(渡辺治監訳、作品社)。新自由主義(ネオリベラリズム。ネオリベと略されることもある)といえば、グローバリゼーションによって企業間の競争が厳しくなったので、国際競争力を維持するために規制緩和や法人税削減=財政コスト削減(要するに、教育、医療、社会保障にかけるお金を減らす)をどんどん進めていくべきだ、という考え方や政策のことを指すと考えられている。これはこれで間違いではない。けれども、本書においては、もっと広い視野からこの「新自由主義」が捉え直されている。ハーヴェイにおいては、新自由主義とはたんなるイデオロギーや政策ではなく、「階級権力再生」ための政治経済プロジェクトでもあるからだ。

 この「階級権力の再生」とは何を意味するのだろうか。要するにこういうことである。第二次世界大戦後の資本主義はかつてないほど安定した繁栄を享受した。「安定した」というのは、このころの資本主義国家は一定の財の再分配を行い、需要を創り出すとともに、社会的統合をはかっていたからだ。これは自然にそうなったというわけではなく、国際的にはソ連が存在し、国内には強力な労働運動があるという状況のなかで、資本の側が妥協を強いられたという側面をもっていた。経済成長が続いているときはそれでも資本の儲けは増えていったのでよかったが、60年代後半から経済成長にかげりがみえるようになると、儲けが増えなくなり、資本や政治エリートは再び自分たちの儲けを増やす策にでた。それが「新自由主義」なのである。つまり、「新自由主義」とは低成長の時代において、これまで行っていた一定の再分配を行うシステムを破壊し、富を再び資本=金持ちのほうへと移転させるためのプロジェクトだったというわけだ。これをハーヴェイは「階級権力の再生」と呼んだのである。よく「国際競争力」のためには新自由主義的な政策もやむなしということが言われるが、ハーヴェイの示すデータによれば、新自由主義が本格化した70年代以降、世界レベルでの成長率は実は一貫して低下し続けており、現実に進んだのは格差の拡大、すなわち多くの低所得者から少数の大企業および高所得者への富の移転なのである。

 他にも興味深い論点はいくつもあるが、もう一点だけ述べておこう。新自由主義はたんにいわゆる「先進国」だけにおこった現象ではなく、文字通り「グローバル」な現象として捉えられる。新自由主義のはじまりがピノチェト政権下のチリにあることはよく知られているが、ハーヴェイはさらにこの概念を広げて中国やロシアなどの国家においても貫徹されているプロジェクトだと考える。耳慣れない主張なので違和感を感じる人がいるかもしれないが、ハーヴェイによれば、まさに中国やロシアのような権威主義的な国家こそが新自由主義をスムーズに進めることができる。というのも、新自由主義がたんなる市場原理主義ではなく、再分配をやめ、経済システムを不安定化させながら、貧富の格差を拡大させるものだとすれば、それに対する市民や労働運動の反発を押さえ込み、「改革」を強行するには権威主義的政権のほうが都合がよいからだ。つまり、新自由主義においては、市場原理主義=小さな政府というイメージとは裏腹に、国家の「権力」がより強化される側面を持っているのである。

 ハーヴェイと同様に、新自由主義的グローバリゼーションを経済と政治の絡み合いによって捉えている分析としては、ヨアヒム・ヒルシュの『国民的競争国家』をあげることができる。ヒルシュは、新自由主義への転換を、フォーディズム的「安全保障国家」からポストフォーディズム的「国民的競争国家」への転換として捉える。つまり、先に述べたような安定的繁栄の仕組みが崩れてゆく70年代に、国家はグローバル資本の「立地点」となるために、規制緩和や社会保障削減などの新自由主義改革を強行し、「国民的競争国家」へと変貌を遂げるというのである。

 しかし、レギュラシオン学派とプーランツァスの国家論を継承して議論を展開するヒルシュは、この変貌を資本の必然的傾向として捉えるのでもなく、支配階級の政治的陰謀として捉えるのでもなく、複雑な政治的経済的力関係の絡み合いとして捉える。そこに私たちの抵抗の可能性も見いだすことができるだろう。ヒルシュによれば、安定した「安全保障国家」においては、経済システムに対応する「調整様式」(社会保障や強力な労働組合の存在による社会的調整の様式)が存在したが、「国民的競争国家」においてはそれに対応する「調整様式」がいまだ存在しない。だからその代わりとして熱狂的なナショナリズムやレイシズムが呼び起こされたりもしている。けれども、そのように安定した調整様式が存在せず、またそれを基礎とした安定したヘゲモニー(同意調達)が存在しないからこそ、既存の調整過程に介入することで、新たな運動の基盤を形成しうるともいえるのである。この介入は、決して恣意的なものではありえず、とりあえずは、現在のポストフォーディズムに適応したものであるしかないけれども、「この蓄積・調整モデルに民主的かつ社会的形状を付与すること」をつうじて、新しい政治勢力の基盤を形成し、既存のシステムを乗り越えていくことができると主張するのだ。

 この本は、1999年にシアトルで反グローバリズムの運動が始まる前に書かれた本であるが、その展望はその後の展開と一致するものでもある。新自由主義改革が急激に進む日本において、私たちがどのように「制度」や「政治」をめぐる論争に介入し、また、どのようにアソシエーションの基盤を形成していくのか、を考えるにあたってとても参考になる本だ。また新自由主義の問題を考えるとき、日本の特殊性を踏まえる必要があるが、これについてはハーヴェイの前掲書の解説で渡辺治氏が主要な論点を述べておる。とても参考になる解説なので、あわせて読んでみることをおすすめしたい。

コメント一覧

るーあ
 そうだね。ハーヴェイの抵抗策は抽象的だから、ヒルシュを持ってきました。イメージしやすいし。

 ネグリは読んでて元気になるが、一方でそんなに上手くいくかよって思いたくなるし、あと、実践的には日本だとけっこうショボいことしかできない。最近ネグリの講演集が出たのでパラパラ読んでみたが、いってることはあまりかわらんなあ。
jim
>資本や政治エリートは再び自分たちの儲けを増やす策にでた。それが「新自由主義」なのである。

これ、非常に分かり易いです(笑)

企業は成長力回復のために、コストダウンや規制・税制緩和を正当化しますが、それと同時に所得税率とかも下がってますからね。単に自分たちの儲けを増やしたいだけじゃないかよ(笑)

たしか森永卓郎さんの本だったと思いますが、ネオリベの解説をしていたときに、以下のような説明をしていました。

アメリカでは金持ちは数億単位で儲けることができるけど、日本ではかつてはそれはできなかった。そこで、アメリカのように金儲けできる制度を作ろうということでネオリベが導入された。

その時は俗論だなぁと思ったんですが、ハーヴェイの議論をみていて、そういえばと思い出しました。
やかん
日本では
ハーヴェイの「富の移転」の議論は非常に興味深い。
だが、一方で「じゃあどうしたらいいの?」という議論がなかなかそこからは出てこないことも事実だ。

その意味で、ヒルシュの議論は参考になる、ということでしょうか?

最近ではアントニオ・ネグリなどさまざまなヨーロッパの議論が日本に入ってきていますが、非常に抽象的であったり、日本への直輸入はとてもできないものばかりのように思います。

日本の実情の中で、現実的な議論を進めるための取り組みが必要です。

「style3」のような政策提言は、まさにこうした観点から非常に重要なものだと思っています。
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