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NPO法人POSSE(ポッセ) blog

貸し切りバス運行、半数以上の業者が法令違反!

「貸切バスの安全確保対策に関する行政評価・監視結果に基づく勧告」はこちらから。
http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/34390_1.html

9月10日、総務省行政評価局は、貸切バスの安全確保対策に関する行政評価・監視の結果について、国土交通省に勧告しました。

「貸切バスの安全性確保対策に関する行政評価・監視 <評価・監視結果に基づく報告>」
(背景)
○ 貸切バス事業においては、多数の法令違反があり、安全運行への違反が懸念
○ 貸切バスの安全運行は、貸切バス事業者の責務。一方、貸切バス事業者からは、届出運賃を下回る契約運賃や運転者の労働時間等を無視した旅行計画が旅行業者から一方的に提示されるなどの苦情あり

(調査の概要)
○ この行政評価局調査は、貸切バスの安全運行及び利用者保護に資する観点から、貸切バス事業者における安全確保対策の実施状況、貸切バス事業者と旅行業者との運送契約の締結状況及び地方運輸局における貸切バス事業者に対する指導・監督の実施状況を調査
 その結果に基づき、
1 貸切バス事業における安全確保対策の徹底
2 収受運賃の実態把握の実施及び公示運賃の検証
3 旅行業者への指導・監督の強化
4 貸切バス事業者に対する監査の効果的かつ効率的な実施


■法令違反が常態化! 行政もお手上げ?

貸切バス業界では、「法令違反は常態化」しているというのが総務省の評価です。監査事業者数に対して処分を受けた事業者の件数は約3割、更に、この4年間で行政処分を受けた事業者の1割は“再犯者”です。
もちろん、法令違反の事業者は様々な処罰の対象になりますし、違反した業者は国交省及び各地の運輸局で公表されています。
 http://www.mlit.go.jp/jidosha/anzen/03punishment/cgi-bin/search.cgi(国土交通省)
 http://wwwtb.mlit.go.jp/kanto/page3/kasikiri/index.html(関東運輸局)
 
しかし、実際に上記のURLで自分の乗るバスの業者を探す人はまずいないでしょうし、処分逃れを行う事業者もあるようです。
総務省も、「監査及び行政処分による法令違反行為の抑止には、効率性やコストの点からみた場合、おのずと限界があるものと考えられる」と、手詰まりであることを宣言したともとれるコメントを記しています。

こうした背景から、総務省は今回の勧告や、その資料となるアンケート調査活動などを行っていたようです。


■運転手の健康と交通の安全を脅かす法令違反

問題なのは、こうした法令違反が、実際に重大な事故につながっていることです。
事故の再発を防ぐべく、事故が起きた原因を考える際、バスを運転していた運転手の労働環境について考えなければいけないでしょう。
そういった意味で、今回の調査は、バス運転手の長時間労働を調査で示した点を高く評価できます。

バス運転手の労働時間に関しては、「改善基準告示」と呼ばれる下記のような規制があります(「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」(1989年労働省告示第7号)。
 
 ①拘束時間
  1)月平均、1週間当たり65時間以内(4週間の平均値)。
    労使協定により71.5時間まで延長可能
  2)1日あたり13時間以内を基本とし、延長する場合は16時間が限度。
    15時間を超える回数は1週間につき2回まで。
 ②休息期間
  1日の休息期間は継続8時間以上
 ③運転時間
  1)1週間当たり40時間以内(4週間の平均値)。
    労使協定により44時間まで延長可能
  2)1日9時間以内(2日の平均値)
  3)連続運転時間4時間以内。(運転後、30分以上の休憩)


拘束時間が週に71時間だとすると月あたりの時間外労働は大幅に「過労死ライン」を超えるため、この規制がどの程度労働者の健康を保障するものか、疑問の余地は大いにありそうです。しかし、総務省の調査では、この規制さえも無意味化している状態が明らかになりました。

 ①運転手の約6割が「拘束時間」についての違反を経験
 ②「休息期間」については、運転者の3人に1人が日常的に違反
  「1日の平均休息期間」は33.2%が8時間未満。うち3.7%は2時間未満と回答
 ③1日当たりの運転時間については運転者の78%が違反


こうした状況では、安全な運行は望むべくもないでしょう。9割近い運転手が運転中の「睡魔や居眠りの経験」があると回答し、更に、95.6%の運転者が、「ヒヤリ・ハット体験」の「経験がある」と回答しています。また、運転中に睡魔に襲われやすい勤務状況として、①長距離移動(77.6%)、②休日を入れない連続勤務時(69.4%)、③夜間勤務時(67.9%)となっています。

貸切バス事業者が起こした事故のケースを見ても、

 「居眠り運転により衝突した事故(重傷1、軽傷7)」
 「運転者が脳内出血で意識がなくなりガードレール及び電柱に衝突した事故」
 「持病の高血圧により走行不能になった事故。運転者の事故日以前1週間の拘束時間に、改善基準告示で定められた16時間を超える17時間の日がみられた」


と、事故原因と長時間勤務が直接結びつくような事故が散見されます。「経費削減」のために交替要員を減らしたり、1人あたりの労働時間を長時間化したりした結果、労働者の健康と交通の安全が脅かされているのです。


■旅行業者からの違法な「指示」・違法な「旅行計画」

この調査の第二に評価すべき点は、労働者の健康や交通の危機が、単に貸切バス業者の法令違反の問題としてだけではなく、貸切バス業者に法令違反を押しつけるような旅行業者との契約関係も指摘していることでしょう。
運転手やバス貸切会社の違法を取り締まることにとどまらず、まさに業界全体の問題として訴えた点が評価できます。
 
事例としては、スピード違反を命令するケースや、上記の労働時間に関する基準を無視した旅行計画を提示するケースなどが挙げられています。
約4割の事業者が、契約先から安全性を度外視した無理な要求があると回答。
更に、改善基準告示に違反するような旅程を提示されることがあると回答した事業者は、45.9%にものぼります。
158の事業者が、契約先からの無理な要求が事故・違反の原因になったと回答しています。

また、安全や労働時間を配慮しないような価格での契約を結ばざるをえない状況にある事業者が多くあることも調査から明らかになりました。
そもそもバスの運賃は届出制が採用されており、届出運賃の多くは国が示す「公示運賃」にのっとって算出されています。この届出運賃を無視した「旅行計画」が多発しているのです。

旅行業者との契約では97%の事業者が届出運賃を受領できていません。実際に届出運賃の3割以下で依頼される例もありました。「当初から公示運賃・料金を配置しない著しく低い運賃・料金が提示される」ことがあると回答した事業者も76.2%いました。
更に、慣例として手数料が旅行会社に手渡されています。その額は実地調査をした84の事業所のうち、32事業所(38.1%)が運送契約額の10~15%にあたると回答しています。実際に旅行業者から貸切バス事業者に手渡される金額は、更に低い水準になることが推察されます。

このような契約を「契約先の主導により、やむを得ず契約」したと回答した事業所が59%にのぼるように、旅行業者と貸切バス業者との不均衡な力関係が、法令を下回るような契約を締結することを可能にしているようです。

こうした状況を背景に、貸切バス事業者の中には、次のように旅行業者に対する規制・監督の強化を訴える者もいました。

 「貸切バス事業者に対する監査は強化されているが、旅行業者に対する監査・罰則がないため、何ら解決に結びついていない。元を正すための指導・監督を実施する必要がある。」
 「人名を危険にさらすような法令に違反する仕事を押しつけ、結果として事故が発生しても旅行業者には登録抹消のような処分はない。・・・・・・悪質な業者はこの業界から退場させるべきである。」


こうした旅行会社の無茶な要求が、労務管理・運行管理に影響を与えると62.1%の事業者が回答しています。具体的には、「車両の使用年数の延長」(73.6%)、「運転者の賃金水準の切り下げや手当の削減」(44.5%)、「運転者の勤務時間の延長」(21.9%)、「車両の点検・整備費用の削減」(13.1%)などです。たとえこうした影響を与えたとしても、「他の貸切バス事業者が低料金のため、自社も追随せざるを得ない」とする事業者が66.9%いる現状では、安全意識の啓発だけでは状況の改善は望めないことが浮き彫りになっています。


■結局、規制緩和で「良質で安価なサービス」は創出されたのか?

貸切バス業界において規制緩和の方向性が決定づけられたのは、1996年。
「今後の運輸行政における需給調整の取扱について」(平成8年12月5日運輸省許認可事務等改革推進本部決定)でした。
これにより、従来の需給調整規制(事業区域ごとに需要と供給のバランスを判断し、当該事業の開始によって事業区域に係る供給輸送力が輸送需要量に対し不均衡とならない場合、免許を与える制度)は見直されます。
そして1999年に道路運送法が改正され、貸切バス事業は免許制から許可制へと移行し、需給調整規制は廃止されました。
これにあわせて、事業参入の審査基準(保有車両の必要数の緩和・営業区域等の拡大措置)、賃金の認可制から届出制への変化など、業界全体の規制緩和が図られました。

こうした規制緩和の結果、貸切バスの事業者数は、1999年の2336件に比べ、2008年には4196件と1.8倍に増加しました。
しかし営業収入は1999年に比べて2008年までに半額程度まで減少、貸切バス事業者のうち収支が「黒字」と回答した事業者は全体の14%にとどまっています。
他方で、貸切バスの交通事故件数は、1999年の365件に比べ、2008年には413件に増加。
労働者の平均給与は1991年の0.8倍で、半数近い運転者が、勤務状況は規制緩和の前後で「悪化している」と回答しています。

需給調整規制においては、「事業者の競争を通じて、良質、安価なサービスの提供を期待しうる」とうたわれていました。

しかし、10年経った現在のバス業界では、これまで見てきたように、競争の激化や契約先からの無理な要求により、安全と労働条件と引き替えに「安い」サービスが提供されています。
良質なサービスを提供されたとしても、事故の危険と隣り合わせのバス旅行は、利用者にとって望ましいものではありえません。
そればかりか、運転手やその家族、周囲の人間にとっても不幸をもたらす可能性のあるものなのです。
 
今回の総務省調査から見えてくるのは、第一に市場の競争だけを通じて良いサービスが提供されるわけではなく、むしろ安全コストや労働条件を無視した契約がまかり通ること、第二に規制緩和により市場の競争を強化した結果、市場が行政のコントロールを離れてしまっていることです。


■安全は市場に屈服してしまうのか?

最後に、興味深いのは、届出運賃を大幅に下回る契約が横行する中で、旅行業者は賃金基準の見直しを主張していることです。彼らは市場価格と賃金基準の乖離を主張し、市場価格に基準をあわせることを要求しています。
まさに、安全・健康に対する市場の挑戦とでも呼ぶべき事態が起きているのです。

 「公示運賃は市場価格とかけ離れ過ぎており、契約金額を決める際には考慮していない。」
 「公示運賃額で契約した場合、旅行代金にも反映されるため旅行客は減少するおそれがあり、実現は困難である」


今回の報告書で適切に指摘されているように、「いずれの旅行業者の見解も、貸切バスの安全運行に必要なコストを考慮」したものではありません。
そもそも市場価格がこれだけ安いのは違法状態のたまものですから、彼らの主張が「居直り」であることは疑うべくもありません。
こうした「確信犯」ばかりの状況では、法令違反の契約が横行するのも当然のことと言えます。

しかし、こうした「居直り」が実際に規制の内容を変えることは、歴史的に何度も起こっています。
実際に、総務省は、軽油価格や車両価格といった原価の上昇や、タクシーや乗り合いバス業界の運賃上昇という事実を認識しながらも、「指導による改善が進まない場合には公示運賃そのものを見直す必要が生じている」と明記しています。
 
ここに、今回の報告書の最大の「ねじれ」があると言えるでしょう。
現在の貸切バス業界においては過当な市場競争が行われており、通行者やサービス利用者、労働者の生命の安全が危ぶまれている。
あまりに多くの事業者が参入していて、行政もコントロールをかけることができていない。
――調査で明らかになったこれらの事実から導かれる勧告の中に、安全を代償にした今の市場価格にあわせて国の基準を見直すことが入るのは、何とも珍妙です。
 
価格競争という大きな市場の力に身を委ねながら、安全確保を呼びかけ、実態を把握し、指導・監督を強化するなどという「離れ業」が不可能であることの証明は、今回の総務省の調査そのものが十分に行っています。

もはや、市場に対する安全・健康の挑戦へ、状況は逆転してしまったのかもしれません。

この挑戦はどのようにして可能でしょう。まずは、現在ある法律を守らせて、働き方を劣化させないことにつきるのではないかと思います。
コスト削減のために多くの事業者が廃止している「安全研修」をきちんと行う、休息時間や確保する、労働時間規制を行うといった最低限の規制です。これに違反する企業は淘汰されるべし、という当たり前の社会に変えていく必要があります。

そして、この規制は国家の外的な強制力によってだけでは不十分です。総務省も、「監査及び行政処分による法令違反行為の抑止には、効率性やコストの点からみた場合、おのずと限界があるものと考えられる」と、手詰まりを宣言したともとれるコメントを記しています。
安全を確保できる働き方の実現は、ユニオン(労働組合)による法令違反の摘発や職場環境の改善を通じて行う必要があり、その力によって初めて実現できるものなのです。(規制の様々な形態については、『POSSE vol.4』の濱口桂一郎さんのインタビューを参照のこと。濱口さんのHPから見ることができます。http://homepage3.nifty.com/hamachan/posse04.html

最後に、安全運行を確保するために現在以上の労働時間規制を望む運転手の声を紹介します。彼らの声を黙殺しないためにも、市場の価格競争から基準のあり方を見直す社会から、労働者の健康や交通の安全から基準のあり方を見直す社会への転換を目指していく必要があるでしょう。

 運転者が安全運行確保のために必要と考える1日の休息期間:「10時間以上12時間未満」が39.7%で最多。
 運転者が安全運行確保のために制限すべきと考える1日の最大運転時間:「7時間超8時間以内」が33.1%で最多。
 運転者が安全運行確保のために制限すべきと考える最大連続運転時間:「2時間超3時間以内」が39.7%で最多。




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なお、NPO法人POSSE(ポッセ)では、調査活動や労働相談、セミナーの企画・運営など、キャンペーンを共に推進していくボランティアスタッフを募集しています。自分の興 味に合わせて能力を発揮できます。また、東日本大震災における被災地支援・復興支援ボランティアも募集致します。今回の震災復興に関心を持ち、取り組んで くださる方のご応募をお待ちしています。少しでも興味のある方は、下記の連絡先までご一報下さい。
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