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NPO法人POSSE(ポッセ) blog

与党PTの派遣法改正案について

 7月2日、朝日新聞は与党プロジェクトチームが派遣法改正案をまとめたと報道した。その主要な内容は以下の三点だ。

(1)日雇い派遣については、通訳など専門性の高い業務を除いて原則的に禁止
(2)派遣会社に手数料(マージン)の開示を義務化
(3)特定企業だけに労働者を派遣する「専ら派遣」についての規制強化
この合意をもとに、与党案を正式決定するという。

 正式な資料を見たかったので、とりあえず自民党に電話をかけてみたが、8日に正式な検討を行うので現在の所詳しい資料などを示すことはできないとのことだった。8日の夕方には正式な資料が公開されるらしい。したがって現在はこの新聞による断片的資料を検討するしかない。それぞれ何を意味しているのかを見ていこう。

○内容の概観

(1)日雇い派遣については、通訳など専門性の高い業務を除いて原則的に禁止
 これは、昨年話題になった「ネットカフェ難民」の温床とされる、携帯電話で呼び出されて一日限りで行われる派遣を禁止しようというものだ。主としてこれまでグッドウィルやフルキャストが行ってきた。それらの会社は今ではかなり悪名高くなってしまっている。ただ、一日限りの通訳など、仕事が高度で一日限り使うことが適しているものについては例外的に今後も残していこうという話である。 

(2)派遣会社に手数料(マージン)の開示を義務化
 次に、手数料の開示。「マージン率」について規制しようということだ。まずは下の式を見て欲しい。派遣社員の賃金はこのように計算できる。 
派遣社員の賃金=派遣料(派遣先から派遣会社に支払われる)-派遣手数料(派遣会社の利益)

これをみるとわかるように、派遣社員の賃金は手数料が多くなればなるほど低くなってしまう。だからどのくらい中間で手数料を取られているのかを明らかにすれば、賃金が上がるということのようだ。

(3)特定企業だけに労働者を派遣する「専ら派遣」についての規制強化、などについて合意した。
 最後に「専ら派遣」の規制強化について。「労働者派遣業」の趣旨は、必要なとき必要な場所に必要な人材を配置し、経済効率をあげることにある。だから、長く働き続ける労働者は、本来直接雇用(正社員や契約社員、期間工)で雇うべきなのである。特別な事情で短い間しか雇わないような仕事で変動が激しいため長期間同じ人を雇うことに適さない場合に対してしか、派遣されるべきではないというのが基本原則なのだ。
*(本来有期雇用にもこうした原則が適用されるべきなのだが、ここでは割愛する)
 したがって、一つの派遣会社が同じ派遣先会社だけに派遣することは禁止されている。それだったら、変動に対応していろいろなところに派遣して経済効率を上げる、という派遣本来の趣旨と矛盾するからだ。7月3日の読売新聞の記事も読んでみたが、今回はこの規制を進めて、グループ企業だけに派遣する会社も規制することを意図しているようである。

○何が問題か

 それぞれの改正内容の問題についてみていこう。

(1)日雇い派遣については、通訳など専門性の高い業務を除いて原則的に禁止

 日雇い派遣は派遣業の一部であり、これを禁止するだけでは派遣全体の問題に切り込むことができない。例えば、先日秋葉原で殺傷事件を起こした加藤容疑者について、派遣の不安定な雇用環境が犯行の引き金になったのではないかとの議論がある。実際厚生労働大臣の桝添氏も、そうした認識から派遣法改正を急いでいるように見える。にもかかわらず、加藤容疑者のような派遣労働者はこの規制の対象には全く入ってこない。日雇い派遣も当然多くの問題を持っているが、それはあくまでも派遣問題の一部なのである。むしろ今回の改正で日雇いをやり玉にあげることによって、問題の全体が見えなくなる恐れがあるのだ。(わざと、それを狙ってこれを出しているのかも知れないが)

 労働者派遣は、99年まで原則として禁止されてきた。通訳など一部の高度な専門職に限り「例外的に」容認されてきたに過ぎないのだ。そうした専門的な職種以外で派遣労働が蔓延すると、低賃金や不安定化(クビが切られやすくなる)などさまざまな弊害が起こると危惧されていたからだ。

*(なぜ日本の派遣法ではこうした低賃金と不安定が起こるのか。その理由は同一価値労働同一賃金原則の不在と、登録型派遣の容認の二点なのだが、これについてはまた稿を改めて論じたいと思う)

 しかし、財界の要求99年以降あらゆる業種に派遣することが認められてしまう。製造業について認められるようになったのは04年以降である。現在では加藤容疑者のいたような製造業の他、公務員や看護師、保育士、調理師、美容師、さらには高校の教師にまで広がっている。こうして広がった業種全般に、派遣による低賃金・不安定化は浸透しているのだ。こうした中で日雇い(特に物流業界などに広がっている)だけに焦点をあてて規制するだけでは、到底不十分であることは明らかだろう。

(2)派遣会社に手数料(マージン)の開示を義務化

 次に、マージン率の規制はどうか。確かにマージン率を明らかにすれば、派遣会社が不当に利益を得ている場合発覚しやすくなるだろう。しかし、現実にそれが賃金状況を改善するための手段として、どれだけ役に立つのだろうか。

 派遣会社は当然、派遣するべき派遣社員を獲得するための競争をしている。賃金が高ければ高いほど、若くてまじめな社員を獲得できる。だから派遣会社同士の競争圧力で、ある程度マージン率は下がっていく仕組みになっているのだ。今回の規制をかければ、こうした競争がさらに激しくなるだろう。それは確かに賃金の改善に役立つ。しかし、前半で出した式をもう一度見て欲しい。
派遣社員の賃金=派遣料(派遣先から派遣会社に支払われる)-派遣手数料(派遣会社の利益)

 派遣社員の賃金は、派遣料から手数料が引かれた額に等しい。この式では、いくら手数料つまりマージンが減ったとしても、元々の派遣料が低ければ絶対に賃金は上がらないのである。今回の改正でも、実際のユーザーである派遣先企業の派遣料金つまり派遣社員の賃金の大元には、直接影響しないのだ。

 さまざまな情報から鑑みるに、製造業の場合派遣料金はおおよそ非正規雇用で社員を雇った場合(期間工)の賃金と同じ水準らしい。それ以上の額だとあまりコストカットにならないからだ。したがって、例えば直接雇用の期間工の賃金が時給1500円で、派遣社員の賃金が1100だとすると、おおよそ差額の400円ほどがマージンになっている可能性が高い。この400円が派遣会社に入り、派遣会社者それを資金に募集の広告費や事務職の賃金などをまかなっているのである。派遣会社の資金はこの派遣料から引いたマージンなのだから、企業が払う社員の年金・雇用保険などの費用などもすべて派遣料から支払われている。派遣料金がユーザー企業の期間工と同水準ということを前提にすると、派遣社員はその賃金から、会社の分の保険料や会社の募集費用まで支払っていることになる。

 したがって、マージン率の規制や明示は必要だとしても、派遣料金が派遣先の社員の賃金よりも高くならなければ、おのずと格差や低賃金は生じるのである。

 海外の規制!
 ヨーロッパでは派遣先つまりユーザー企業の社員と派遣社員の賃金に格差がつくことを禁止している。そうするとどうなるか。派遣料金はかならず派遣先社員の賃金よりも高い水準になるのである。このように、単に派遣会社のマージン率を規制するだけではなく、派遣先企業をも射程にいれた規制を行わないことには、状況の改善は図られない。

(3)特定企業だけに労働者を派遣する「専ら派遣」についての規制強化

この点については、労働者派遣業の趣旨からいえば当然の措置といえよう。むしろこれまでグループへの専ら派遣の横行が容認されてきたことの方が異常である。

○終わりに

大分長々とみてきたが、このように派遣法改正案の内容は極めて不十分である。本当に意味のある改正をしなければならない。そのためには現実を描き出し、そしてそれを主張していくための社会的な力が必要だ。独りではこの流れは変えられない。公正を求める社会的な力が弱いからこそ、中身のない改正案が平気で出される。NPOやユニオンが連携して公正を目指す法改正が実現していかなければならない。

*7月25日「各党トップに聴く~希望ある派遣法抜本改正を臨時国会で実現しよう!~」
主催:格差是正と派遣法改正を実現する連絡会
 →http://haken-net.or.jp/

*ヨーロッパ型規制についての補足

派遣先の社員の賃金と派遣社員の賃金が同一になるように規制すべきである。
このように書くと、「派遣先のユーザー企業にとってはコストカットが派遣活用のメリットなのだから、派遣料金規制を行うとユーザーは派遣を使わなくなり、失業率が上がる」。などという反論が来そうだ。このような反論は極めて興味深い。

本来、労働者派遣とは、必要なところに必要なだけ労働力を配置するために、特別に認められた制度である。そのことによって、労働市場のミスマッチ(必要なところに人がいないために失業が増える)が緩和し経済効率が上がるからだ。

だから、高い料金を払い且つ労働者の雇用を安定させても尚効率が高まるメリットがなくてはおかしい。効率が高まるというのはそういうことだからだ。つまり派遣会社は需給調整を行い、経済効率を上げたために、労働者の賃金以上の報酬を派遣先から得て、その部分が利益になる。こうならなければおかしい。でなければ派遣会社の存在意義はない。

しかしここまで説明してきたように、現実におきていることは募集などの費用を労働者の賃金に転嫁するという事態である。本当に派遣労働で経済効率が上がるのならば、賃金を平等にしても利益が発生するはずなので、ヨーロッパ型の規制は問題ないどころか歓迎できるに違いない。

つまり、ヨーロッパ型規制に反対するのならば、結局は派遣で経済効率など上がっておらず、単にコストを働く者に転嫁しただけだということを、主張することと同じなのである。

コメント一覧

Unknown
いまさらですが。

文章の意図①
マージン規制だけでは結局限界があるので、同一労働同一賃金を実現するような規制が必要になるね、ということです。

文章の意図②
マージン規制が問題の「主軸」となってしまうことによって、多様な雇用形態そのものに含まれる問題が見落とされます。
ユーザー企業(派遣先企業)は、派遣会社を介在させることで雇用責任の回避を図ったり経費の削減をしていますが、こうした構図は見えなくなります。
問題がもっぱら「悪徳派遣会社対派遣労働者」という枠に限定されてしまうのです。

本文に書いた式は、大本にユーザー企業が関係していることを如実に示すために用いました。
派遣会社と派遣労働者の関係を根本から規定しているのは、実は派遣先企業なのです。ここへの規制のあり方を検討する方向に世の中が進むべきだと考えました。

いろいろご指摘ありがとうございます。
きら
ざっとよんだんですが、専門性が高くて、ちょっと
受け取りがたい。
派遣会社のマージンは、派遣で働くとしたら、ぜひ知りたいことですが。
新聞記事などについて、断定的に書くのはどうかと。
もう少し、読む人のイメージを膨らませる書き方は、
できないものか。
やっぱり、論文調というか。
Unknown
派遣で働く人の賃金の上昇には、その人の雇用形態が派遣で有る限り限界がある、と言いたいのかな?
ふるふる
計算式について
http://blog.goo.ne.jp/frkw2004/
>派遣社員の賃金=派遣料(派遣先から派遣会社に支払われる)-派遣手数料(派遣会社の利益)

>式では、いくら手数料つまりマージンが減ったとしても、元々の派遣料が低ければ絶対に賃金は上がらないのである。

派遣料が低くても変わらないならば、マージンが減れば減った分だけ賃金があがるでしょう。

マージンが減ると、減った分は派遣料の減少になる。
そのため、賃金は変わらない。

というのならわかりますが。

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