参加者:私と夫、長男の3人
長男が夏休みということで4月に大阪に行ってから久々帰ってきました。
誘ってみると運動不足ということで参戦🏁
この前、明石の石ケ谷公園で見た「明石原人、明石象」が行きたいリストに追加されています
天気予報が悪かった8月14日(日)に勉強するために明石市立文化博物館へ行ってきました🚙
今から200万年前、明石市は湖の底で、当時の海底や海岸が明石に広がる平らな土地(段丘面)なんだそうです。
この頃、湖の近くには明石象や四不像が住んでいたそうです🐘四不像って、もう少し前、テレビでやってたので覚えてました(⇩コレ、四不像の頭と角)
🐮牛でもなく、🐴馬でもなく、🦌鹿でもなく、ロバでもない、4種の動物に似ているのに似てないのでシフゾウという名で、野生は絶滅とのこと。
1931年西八木海岸で明石原人の腰骨を見つけた直良信夫博士の発見を当時、日本に旧石器時代はないというのが通説であったので問題にされなかったようです
今でも漁師さんの網に象や四不像の化石が引っかかって引き揚げられることがあるそうです
さぁ、そんなことを知ると発掘地を含めて、明石の海岸沿いを散策したいと思うのが私達
車は大久保のイオン明石ショッピングセンターに停めて12:50出発
しかし、既に暑くて歩いてます
今日は海沿いなので絶対暑いと覚悟の上で
お馴染み、山陽電車を渡ります。
海岸目指して南下します
しばらく進むと海が見えてきました。
泳いでる人はここにはおらず、ジェットスキーが横断していきます。
お馴染み、山陽電車を渡ります。
海岸目指して南下します
しばらく進むと海が見えてきました。
泳いでる人はここにはおらず、ジェットスキーが横断していきます。
ジェットスキーが禁止なわけではないようです
「みんなが楽しむには」を前向きに考えた注意書きやなと思いました。
明石の泉市長さんが遊泳者の近くを走るジェットスキーの映像を見てめっちゃ怒ってたことを思い出します🤔
(結局、あの映像って局側で編集されてたようですが…)
(結局、あの映像って局側で編集されてたようですが…)
泉市長さんは「ジェットスキー全体が悪いのではなく、危険行為が悪い」と言われてたので、いい落とし所の看板やと思いました
海岸に出て、浜の散歩道を西へ
明石原人腰骨発見地は金網で囲われてました
今は崩れてしまってて金網で守られてるのか、発見当時ここは「崖」。崩壊した崖の砂礫層から発見したようです。
明石原人腰骨発見地は金網で囲われてました
今は崩れてしまってて金網で守られてるのか、発見当時ここは「崖」。崩壊した崖の砂礫層から発見したようです。
まだ掘ったら出てくるかもしれませんが中に入れません
では、Uターンして東へ。今度は明石象の化石発掘地へ
海岸沿いってほんとに暑☀です
日陰がないので容赦なく、照らされてます
発掘地は先程の腰骨発見地より丁寧な扱いがされてます
発掘者は中学生以降、6年間この同じ場所を掘り続け、97点もの化石発掘となったそうです
興味と集中力と根気とこだわりでしょうか素晴らしい
もう少し進むと、八木遺跡公園という公園が整備されてました。
一番左が明石原人腰骨発見地
まん中が明石象化石発掘地。その隣の表示に「海ガメ産卵地」とあります
発掘地は先程の腰骨発見地より丁寧な扱いがされてます
発掘者は中学生以降、6年間この同じ場所を掘り続け、97点もの化石発掘となったそうです
興味と集中力と根気とこだわりでしょうか素晴らしい
もう少し進むと、八木遺跡公園という公園が整備されてました。
一番左が明石原人腰骨発見地
まん中が明石象化石発掘地。その隣の表示に「海ガメ産卵地」とあります
化石より、更に興味の惹くものが出てきました「アカウミガメ」が産卵
ここの砂浜でスゴイ
明石市のホームページより⇩
明石市のホームページより⇩
満月の夜に産卵に来ることが多いようです。満月の夜は大潮のことが多いので砂浜の奥の方まで行きやすいからと一度見てみたいですね
明石で生まれた子ガメは瀬戸内海から太平洋に出た後、黒潮に乗ってメキシコ沖まで行くそうです
明石で生まれた子ガメは瀬戸内海から太平洋に出た後、黒潮に乗ってメキシコ沖まで行くそうです
その距離、1万キロメートル
ここからずっと海岸沿いを通ります。
柿本人麻呂の和歌が散歩道にタイルで描かれいます。
「天離る鄙の長道ゆ恋ひ来れば明石の門より大和島見ゆ」柿本人麻呂
(あまざかる ひなのながちゆこひくれば あかしのとより やまとしまみゆ)
長い田舎の道のりを都を恋しく思いつつ来ると明石海峡からふるさと奈良の山々が見えた
西から故郷へ向かって帰るときの歌とのこと
ここ「明石」や、そのお隣「須磨」は和歌の中で歌枕として登場します。
「歌枕」とは和歌の中に詠まれた地名のことですが、この時代の人にとって和歌によって知る憧れの地だったそうです
「明石の門」と詠まれる淡路島と明石の間にある明石海峡は約4kmの海峡で潮流が早く、ここを通るのは脅威の船旅だったとか…
また明石海峡から西へ向かうときに故郷の山々が見えなくなり、離郷の思いを、西から戻ってきたときはようやく故郷の大和の山々が見え、帰郷してきたという思いが歌にあらわれる、そんな海峡のようです
柿本人麻呂の詳細は記録がなく、よく分からないそうですが明石には「柿本神社」という、当時の明石城主が人麿公を崇敬し、縁深いこの地に祀られた神社があるそうです。
今や、明石海峡大橋で本州と淡路島が繋がり、柿本人麻呂も驚きだと思います
反対から来てしまったようで、こっちが前のよう。振り返って📸
谷八木川を渡るのに散歩道が横断してないので少し内側まで行って橋を渡る
アレッ…川の中にチャリンコ🚲
千と千尋の神隠しの腐れ神から出てきたチャリンコを思い出します
また浜の散歩道は海岸沿いに戻ります
ずっと砂浜の海岸が続くんです姫路市内はこんなに続かないし、工場地帯🏭になってるのでいいですねぇ明石
近くの人が砂浜に降りれる入り口近くにチャリンコ停めて、砂浜🏖で遊んでおられる親子連れがところどころにおられます(遠くに見えるのは淡路島)
こんなにもウミガメの産卵が発見されてるらしい
また浜の散歩道は海岸沿いに戻ります
ずっと砂浜の海岸が続くんです姫路市内はこんなに続かないし、工場地帯🏭になってるのでいいですねぇ明石
近くの人が砂浜に降りれる入り口近くにチャリンコ停めて、砂浜🏖で遊んでおられる親子連れがところどころにおられます(遠くに見えるのは淡路島)
こんなにもウミガメの産卵が発見されてるらしい
今、13:37で32℃☀暑い33℃まで上がる予報
藤江漁港
砂浜が途切れてしまいました
コレ⇩聞いたことがあります
藤江漁港
砂浜が途切れてしまいました
コレ⇩聞いたことがあります
昔は明石ではなく「赤石」と書いて「あかし」と言ったそうです。
松江海水浴場です🏖
ここは結構な海水浴客がいます海の家もあるので賑わってます
松江海水浴場です🏖
ここは結構な海水浴客がいます海の家もあるので賑わってます
こんな暑い中、私達はランニングして何してんだろうって感じです
水産加工会社が連なってますが、休みの会社の構内も海水浴客の駐車場で一儲けのようです
自販機で飲み物補充🥤
突き当りで行き止まり、道なりに曲がると
望海浜公園に出ました。暑いせいか、公園で遊んでる子供はいません。みんな、海に行くわな
明石海峡大橋が随分と近くになりました
浜の散歩道は明石川の河口でぶつかって海沿いから川沿いに変わります
ここから浜の散歩道がスタートのようです
明石海峡大橋が随分と近くになりました
浜の散歩道は明石川の河口でぶつかって海沿いから川沿いに変わります
ここから浜の散歩道がスタートのようです
立派な看板が設置されてます
ここから明石駅前を目指して
魚の棚商店街に寄り道
商店街の中は結構な人がいます
市場のようで活気づいてます
明石焼きをお持ち帰りで購入💰
ここから明石駅前を目指して
魚の棚商店街に寄り道
商店街の中は結構な人がいます
市場のようで活気づいてます
明石焼きをお持ち帰りで購入💰
今から明石駅前の明石城跡のある県立明石公園で明石焼きを頂いて折返し休憩です🍙
お店のテラス席が開放されてるのでそこで明石焼きを食べます🍴
出汁の塩味が疲れた体に染み渡ります
屋根からミストも出てます
屋根からミストも出てます
クールクール
あんまり休むと足が動かなくなるので
あんまり休むと足が動かなくなるので
コレは明石城最大の櫓で坤櫓(ひつじさるやぐら)。元々、造られなかった天守閣に変わる役割を果たしていたとのこと。
この明石公園は城跡をはじめ、野球場、テニスコート、陸上競技場、図書館など併設されています。
この明石公園は城跡をはじめ、野球場、テニスコート、陸上競技場、図書館など併設されています。
池にはお馴染み白鳥ボートが浮いてます
この公園は、子どもたちがそれぞれ中学生の時に毎年、県中学新人駅伝大会が行われる会場で、兵庫県内の中学校のチームなら参加できる面白い大会でした。久々懐かしいです
この公園は、子どもたちがそれぞれ中学生の時に毎年、県中学新人駅伝大会が行われる会場で、兵庫県内の中学校のチームなら参加できる面白い大会でした。久々懐かしいです
⇩ここはその発着の陸上競技場
明石公園を通り抜け、明石市民病院前を通り、
明石公園を通り抜け、明石市民病院前を通り、
一旦、明石川の支流の大谷川を渡ると気づかぬ間に神戸市に入ってました
この辺り、神戸市と明石市の境のようで神戸市の村の中を走り
明石川を渡る橋の途中に
明石川を渡る橋の途中に
(右手が明石市、左手が神戸市)
こんな表示が(アッ、両足写ってないまたいで立ってたのですが)
こんな表示が(アッ、両足写ってないまたいで立ってたのですが)
ということは川を半分個
もう一つくっきり「草」で市境
もう一つくっきり「草」で市境
明石川を渡って明石市に入り、川沿いを北上してると、暑い中、市の職員の方達が堤防の草刈り真っ最中
ブイーンブイーンと市境の看板のところでくっきり線引きされてました
西明石駅を目指して次の交差点を左折し、しばらく行ってR175にぶつかりました
この辺り、上りで丘陵地のようです
新幹線の高架が見え、ようやく西明石駅にやって来ました。長男は久々の炎天下ランに日頃の運動不足を嘆いていました
駅前らしく、周りがどっかりした大きなマンションで視界が塞がれてきました
駅前らしく、周りがどっかりした大きなマンションで視界が塞がれてきました
浜国の(R250号)起点に来ました
思わず、始まりに出会えたので感激です
⇒方面で岡山県岡山市北区まで国道2号線とほぼ並行して海沿いを走ってます
というか、ホントのところは浜国は神戸市長田区が起点ですが、神戸市内は国道2号線と重複してるので、
この明石市の小久保交差点から単独浜国の始まりが正解です
やはり、地名的にも「小久保」なのでこの辺りは昔から谷なのかな🤔
…ということはこのまま行けばまた上りがやって来ますね
…ということはこのまま行けばまた上りがやって来ますね
国道2号線を西へ進みます
国道2号線と別れ、西国街道に入ります。
国道2号線と別れ、西国街道に入ります。
古い建物が少しずつ残っています。
やっぱり上ってます
この辺りが、江戸時代、参勤交代で賑わった宿場「大久保宿」のあった辺りと思われます。
遠くに見える赤矢印のビル🏢群がゴールですがまっだまだですね
途中、「安藤家洋館」と呼ばれる立派な洋館の前を通る
遠くに見える赤矢印のビル🏢群がゴールですがまっだまだですね
途中、「安藤家洋館」と呼ばれる立派な洋館の前を通る
老朽化が激しく、瓦が一部崩れ落ちてるけど、個人所有のため、文化財として保存出来ないとのこと。
先の大久保宿の本陣を務めた安藤家の
安藤新太郎さんといわれる、汽船で財を成した方が余生を過ごすために建てられたが急逝され、葬儀がここで行われただけで99年間使われずにあるとのこと。
土地だけでもめちゃめちゃ広いですこの中に明治天皇が休息に利用された当時の書院造りの建物もあるのだそう。
大久保の街中に戻ってきました。
JR大久保駅の構内を抜け、イオンモールを通って駐車場に戻ります。
やれやれ、今日も無事に帰ってこれました
安藤新太郎さんといわれる、汽船で財を成した方が余生を過ごすために建てられたが急逝され、葬儀がここで行われただけで99年間使われずにあるとのこと。
土地だけでもめちゃめちゃ広いですこの中に明治天皇が休息に利用された当時の書院造りの建物もあるのだそう。
大久保の街中に戻ってきました。
JR大久保駅の構内を抜け、イオンモールを通って駐車場に戻ります。
やれやれ、今日も無事に帰ってこれました
最後までお付き合いありがとうございました
帰ってから、自宅でお疲れさん会して、久々長男との団らんです長女は出かけていません。大きくなると揃いませんね
PS次の週は、地元の飾磨街道走ってきましたブログ作成中です🤗