知り合いからおしらせメールをいただきました。
気仙沼で発見された携帯に残された、最後のメールらしいとのこと。切ないなあ・・・・・・・
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もうバッテリがないよ
痛いと言わなくなったので
妹はさっき死んだみたいです。(T。T)
埼玉はだいじょうぶですか?
またお父さんと一緒に
ディズニーランドに行きたかったです
お父さん 今までありがとう
だいすきなお父さんへ
本当にありが
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もうあれから1年、たつんですね。まだまだそんな感じではありませんのに・・・
拙僧の親戚の女性も、大船渡で流されました。
同い歳の子で、小学校のころ、一緒に三々九度の男蝶女蝶をしたことがあります。
背が随分高くて、ちょっと大人びた感じのする女の子でした。
ふた月ほど前、山形に住んでいるお母様からかかってきた電話で、ようやく確認が取れました。
大船渡の駅前に住んでいましたからね・・・ああ、やっぱり・・・
子供たちは大丈夫だったのか、他の家族は…と尋ねるのにとまどっている間に、電話は切れてしまいました。
1年たっても、何年たっても、向き合うのがつらいことって、あります。お母様もきっと、つらい思いをされていることでしょう。
昨春、石巻に数回炊きだしに行きました。
避難所の方々と話をしている最中、当時まだ消息が判らなかった彼女のことがふいに胸をよぎり、泣いてしまったことがありました。
あらためて当日亡くなられた多くの皆様のご冥福を、心からお祈りします。
「最後のメール」には、先日、産経MSNニュースに出ていた記事もあります。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/120305/dst12030508100002-n1.htm
切ないなあ・・・・・・・・
亡くなった親戚の彼女と、姉妹と、すべての失われし命の供養に、そして粘り強く前に進み続ける日本中のみなさんにために、当日、読経をさせていただきます。
尾花沢出身の、色白だった彼女を思わせる梅の花が咲いています。
今日はここまで。
あの日のことを忘れることのないよう、多くの方々の無念をしっかり心に留めておかねばならないと思います。