147．北回帰線～新たなる夏を求めて～

【写真：苫小牧港に停泊の「べが」 2004年09月20日07時08分撮影】

　この季節になると、まるで同窓会の通知が届いたかのような懐かし
さに襲われる。さまざまな景色の中を駈けぬけた「断片的な記憶」が
鮮やかに蘇りそれぞれが繋がっていくのだ。
　夏になると、僕はたまらず北の大地へと走り出す。光が強い。だか
ら大地と海がまぶしい。自然がありのまま輝く北の大地では、人もほ
んらいの自分に巡りあえるのである。

　１９８４年・夏

　1984年 8月 1日午前 6時30分。苫小牧港に「ぼらん」が着岸する。
いよいよ生まれて初めての北の大地だ。アルバイトで買ったオンボロ
車は、瞬く間に国道へ弾き出される。国道36号から眺める初めての大
地は、白くモヤっている。まさに身が引き締まるこの緊張感。北海道
は不思議な島だ。島らしくない。どこまでも続く荒野。天には青い空。
そして、荒野と青空の間に自由気ままに浮かんでいる雲をじっと眺め
ていると、ふと考えることがある。

　「この荒野の向こうにはいったい何があるのだろうか？」

　頭の中では海があることがわかっていても、北の大地に接している
と、今僕が立っている荒野の果てに海があるなんてまったく想像でき
ないのだ。

　「広い。とにかく広い。」

　もはやここはひとつの大陸である。

　２００４年・夏

　爽快なまでに延び行く道がある。そしてアスファルトの上の深い轍。
すべてが懐かしい。あの頃とまったく同じだ。変わらない夏。

　札幌から国道 231号線を北上すると、やがて右側から断崖が迫る。
そして、海と陸との僅かな空間に道は追いやられていく。雄冬、増毛
留萌を過ぎ苫前に着く頃には、太陽は真後ろから元気を支えてくれる。
海が光輝いている。その後、羽幌・初山別・遠別と車をひたすら走ら
せ、いよいよ天塩川大橋にさし掛かる。偉大なる太陽は、すでに西に
移動している。さあ、風になる瞬間だ。

　もしも「北海道でいちばん魅力的なストレートロードはどこか？」
と質問されたら、僕は迷わず「道道 106号線」と答える。サロベツ原
野と秀峰利尻富士が浮かぶ日本海。果てしなく続くセンターラインの
白と人工物のほとんど無い原野の緑、そして空と海の青がひとつにな
った絶好のロケーションが心にやさしい。

　さらに陽が傾く。僕はひたすら北へ北へ、何かに引き寄せられるか
のごとく走り続ける。今までいくつかの「分岐点」があったが立ち止
まって考えることはしなかった。そして、ひとつのゴール、「北緯45
度31分14秒」。日本最北端の地、宗谷岬である。

　僕は夕暮れの岬が大好きだ。それはただひとりのための贅沢な空間
だ。沖を行く船の汽笛と波の音との絶妙なハーモニー。それが終わり
の無いララバイだ。ゆっくりとゆっくりと太陽が海に呑まれていく。
僕は自分の一番好きな時間が向こうからやってくるのを、ちょっぴり
だらしのない格好で待つ。ぼんやりと。心地よいまどろみに誘われな
がら。

　北の大地に紅の光を残し　
　星降る夜の黙がおりる
　閑かな瞬間がゆっくりと始まる

　現在がある。ここまでひたすら走ってきた。その都度目的地に向い
到達しては、また次の目的地へ出発していく。永遠の旅だ。

　２０２４年・夏

　何度も訪れているうちに、あることに気がつく。それは、駈け巡る
北の大地には無垢の自然が意外と少ないことだ。道はどんどん整備さ
れ、奥地へと入り込んでいく。小奇麗な建造物も次から次へと構築さ
れ、人がどっと押し寄せる。
　しかし、そんな中でも変わらない自然が存在する。旅先で会話する
人々の純粋な気持ちも変わらない。これが北の大地の魅力である。

◇◆◇

　生活に疲れた自分がそこにいる。

「な～に、いいじゃないか。僕には北海道があるさ。」

　そしてまた「北の大地」にやってくる。変わることのないあの夏が。
しかし、それは「新たなる夏」でもある。