2018 年 3 月 26 日 08:37 JST
【北京】中国政府内で習近平国家主席の影響力が広がる中、教育の現場でも習氏の政治哲学を教えることが当たり前になりつつある。
中国共産党が毛沢東思想、トウ小平理論に並べて習近平思想を党規約に盛り込んだ昨年10月以降、習思想の研究拠点を設立した大学は数十に上る。
教育省によれば、今秋には高校で習思想の授業が必修化される。
習氏の権力掌握と終身支配を実現するためのさまざまな変更と同様、学校のカリキュラム見直しも、最終目的は習氏を共産党の英雄として祭り上げることだ。
1989年の天安門事件以降、中国政府は学校での愛国教育を推進している。学生は江沢民元国家主席の「三つの代表」論や毛元国家主席の農業社会主義思想など無味乾燥な政治理論を何時間もかけて暗記しなければならなかった。
習体制になってから政府はこうしたテーマをもっと受け入れやすいものにすることを求め、教員に活気のある指導をするように要求している。
習氏の国家主席就任から5年、政府はこうした取り組みが成功したと主張する。
教育省は昨年、大学2500校に専門家を派遣して思想の講座を聞き、学生3万人を調査した。陳宝生教育相の最近の記者会見によると、調査の結果、大多数の学生が思想の講座をためになると感じていることが分かったという。
陳宝生教育相は「一部の学校では今や、思想の授業を受講するのは、旧正月に高速鉄道のチケットを手に入れるのと同じくらい難しい」と話した。
中国では国営メディアが夜のニュース番組で習氏に拍手喝采する人々の映像を何分も放送し、反対意見を言えばたちまち懲罰の対象になる可能性がある。その中でこうした調査の正確性を確認するのは困難だ。
習近平思想は共産党の「人間中心」の統治手法と、中国で全てを超越する存在である党最高指導部を重視する思想で、14項目からなる。習思想の学習に誰もが熱心かといえばそうでもない。北京大学は今月、関心の薄さを理由に学部生向けの習思想の講座を取りやめた。ウォール・ストリート・ジャーナルが中止の通知を確認し、講座に登録していた学生の1人からも情報を得た。
大学のサイトに掲載された情報によると、講座の定員は350人だったが、登録した学生は10人以下だったという。北京大学と講座の担当教授にコメントを要請したが、回答は得られなかった。
学生にとって政治関連の必修授業の負担は既に重いが、習思想が重視されるようになったため、その負担はさらに膨らむ。
北京大学3年のある女子学生は必修のマルクス主義の講座では習氏が昨秋の党大会で行った長い報告を暗記しなければならなかったと言い、習思想についてもう一つ別の講座を受けたいとは思わないと語った。
北京で大学に通う別の学生は、思想の学習を義務付けられることについて「ばかげている」と言う一方、学生制作の動画などマルチメディアを利用したり、議論を行ったりするなど、授業は以前より面白くなったと話した。国営メディアも、マルクスをテーマにしたラップ音楽や仮想現実(VR)を使った長征の再現などの取り組みをほめそやしている。
全ての思想の授業が毛元主席の理論ほど過度に政治的というわけではなく、歴史や法律などのテーマに的を絞った講座もある。ある北京の学生は「ただ暗記しなければならないつまらない授業もあるが、まあまあの授業もある」と言い、「先生次第」と話した。
その一方で教員は党の方針に従う必要があり、そこから逸脱すれば罰せられる。
著名作家の陳希我氏は今月、「政治批判」を理由に福建師範大学の教授から降格させられた。陳氏の作品を扱う香港の出版社ハーベイ・トムリンソンが明かした。陳氏はコメントを差し控え、大学もプライバシーを理由にコメントしなかった。
2月に発表された湖南省共産党委員会の通知によると、同省の大学講師チェン・ラン氏は党と国の指導者の名誉を傷つける発言をしたとして懲戒処分を受けた。チェン氏にコメントを求めようとしたが連絡がつかなかった。
大学を共産党の拠点にしようという習氏の呼び掛けを受けて、教育相は学校に対し、カリキュラム全体に政治教育を取り入れる取り組みをさらに進めるよう求めている。今年開かれる会議で大学は、習思想をどう授業で取り上げているか実演するよう要請される予定だ。
学術界では習氏の影響力はさらに広がりを見せている。中国のデータベースによると、タイトルに「習近平」を含む学術論文の数は昨年、3割以上増えた。
中国人民大学のチェン・ファンピン教授(教育学)はさまざまな学術分野で政治が重視されるようになれば、2015年にノーベル賞を受賞したト・ユウユウ氏のような科学者の貢献など、中国の偉業を誇りに思う気持ちが育つ可能性があると話した。そうなれば中国の文化に対する自信を育てようという習氏の呼び掛けに応えることにもなるという。
しかしチェン氏は政治を過剰に重視するべきではないと話す。「全てを政治の授業にすることでさまざまな専攻科目の研究を破壊してはいけない」