自殺の8割、周囲に相談せず 厚労省研究班が初の大規模調査 (共同通信) - goo ニュース
自殺の8割、周囲に相談せず
厚労省研究班が初の大規模調査
自殺を図った人で、「死にたい」と悩んでいることを周囲に相談していなかった人は約8割に上り、死亡した人については過去に自殺未遂歴のない人が、ある人の約10倍に上ることが12日、厚生労働省研究班の調査で分かった。
調査は、計1725人(男性576人、女性1149人)を対象に実施、うち死亡者は209人。自殺に関し、これだけ大規模な調査は国内では初めて。
2007年5月12日(土)08:42
──ちょっと前の記事ですが、今日はこのニュースをとりあげてみます。
というより、本当はずっと心に引っ掛かっていた内容でした。
まず、私の感想を一言で言うと
そんなの当たり前だろ?!
ということ。
皆さん、聞いたことがありませんか?
『死にたい、死にたいと周囲に言う人間は”本当は”死ぬ気なんかない』
『死にたいと人に言うのはただのポーズ。助けて欲しい、という単なる甘え』
…別に、今私自身が、厭世的になっているわけではありません。
逆に、ポジティブというわけでもないのですが、ただ「仮に」死にたいと思ったら
自分はどうするか?──冷静に考えてみました。
「死ぬ」と決めたなら、まず確実性を重視するでしょう。
事後処理、発見時の状況、親戚に与える影響を想像します。
”実行する”なら未遂なんて絶対イヤです。それだけは避けたい。
具体的方法は──ここではあえて書きませんけれど、死にたいと考えたことが
一度もないという人はたぶんいないでしょうから、方法については皆さんの心の中の
どれかに当てはまるはずです。
先日、ラジオでこのニュースについて取りあげられたとき、
「今の人たちは明るく振舞って、”大丈夫なふり”をし過ぎる。
闘病に関するブログにしても、大半の人がポジティブな仮面を被っている。
もっと自分の弱みを正直に吐き出すことは出来ないのだろうか?」
と、パーソナリティの方がおっしゃっていました。
そうかもしれない。そうかもしれないけれど、それが解決に繋がるのか疑問です。
文字のコミュニケーションには限界があります。
ネット上でのトラブルが多いのは、大体これが原因なのではないでしょうか。
声だけのコミュニケーションもそう。電話では真意はなかなか伝わらない。
****************
人にわかってもらう難しさ。わかろうとする難しさ……。
ブログをやっていると、日々それらを痛感させられます。
それらのすれ違いを乗り越えることで、とても勉強にもなります。
もっともっと、コミュニケーションが困難であることを認識しながら生きていかなきゃ!
そう痛感させられる、未だに心に引っ掛かるニュース記事でした。
(内容が支離滅裂でスミマセンm(__)m)
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「死にたい。カミソリはどこ?」って。
その時に
「死んだら駄目」「やめなさい」
等と言っても、逆効果。
「そうなの?」等と、相手に同意するようなことを言い、心を落ち着かせる。
「死にたい」シンドロームの心の奥底は何なのだろうか?
本当は死を一番恐れているのは・・・。
なんて考えてしまいました。
とちょっと思います。
話してもわかってもらえないどころか、「どーぞどーぞ。死ねばいいじゃん。止めないよ」
って答えを聞きたくないのでは?
病気や生活苦での自殺は別ですよ。
そうじゃなくて、精神疾患等で、心が折れたとき、話してわかってもらえない2重の苦痛があるからでは?
と今は思います。
自殺
考えたことはあるけど、やらなかった。
死んだことろで、何が変わるか?
何も変わらん!
死んだらどうなるか?
生まれる前の記憶が無いのと同じで、単に生体活動が停止するだけ。
では、なぜ生きているか?
生物としての生存本能で。
では、いつまで生きる?
不確定要素が多すぎて、いつまで生きるかは不明。
でも、いつかは必ず死ぬ。
なら、ほっぽいといてもいつかは死ぬんだから、いいじゃないか!!
となって、今に至る。
その通りです。
死ぬときは誰にも言わない。これは常識というか、当然だと思います。
ただ、子供が「構ってちゃん」になったら、そのサインは親・友達がきちんと受け止めててあげなくちゃ、と思います…。
>で~ぶさん。
宮崎さん、秋バージョンでは紀香さんにヘッドロックされるそうです。
暗くて申し訳ない…。
本当に凹んでて原因がわからず、ついこういう記事になってしまいましたm(__)m
決して茶化すわけでは ござんせんので お許しを!!
なんか、最近、華麗なる評論家 宮崎さんを なんかのCMで見かけたような。。。
気のせいか(笑)???
問題と真剣に向かいあうことをしないので、そこまで追い詰められないのだと思います。それに、何より、死ぬ時の苦しみを考えると怖気づきます。
そういう意味では、私は自殺を考える人よりずっと弱い人間なのだと思います。
私の友達はよく「死にたい」と吐いていますが、おっしゃるとおり、全くそんな気はありません。ただ、周りに優しく構って欲しいだけ。本気で死にたい人は、やはり口にしないと思いますね。
甘えることが出来るのはいいことです。
自殺って、本人の生まれ持った気質も大きく関係しますから…(-_-;)
私はすぐに誰かに甘えるので、逆に依存せずに自分で解決できるよう自立せねば・・・と、やっと気付いたところです。これから悩むのかなぁ。ひぃぃ。
スミマセン。お気楽で・・・。
そんな気力ないし、それだったら死ぬことなんか考えないと思う。
やはり考えるのは、家族の「世間体」です。
でもその家族ももはや母一人なので…
案外ハードルが低いかも?!
とにかく政府、精神医療は日本はまだまだだな、と
改めて思ったニュース記事でした。
あの時は周囲に相談なんてこと、1ミリたりとも考えませんでした。というかそこまで考えられたら死のうなんて発想にならない。
極力何でもないフリをして身辺整理をしてたんです。
今考えると自殺=無責任なことをしたとはわかるんですけど、本当に意識が全く外に向きませんでした。だから相談なしは当然なんです。前もって相談するとしたら、本当に痛い構ってちゃんですから。
明るく振舞う云々って、それはファイティングポーズと同じだと思うんです。他人に見せるんじゃなくて、自分に大丈夫だって見せる、思わせるためのものなんですよね。
「自殺のコスト」を未だ読めずにいる私です。きっと読んだら反省してしょげるんだろうなー。
強引な雰囲気があって、やっぱり無理だよ~!
と、実感してしまったんです。
あえてこの問題を取り上げたことには感心というか、
心打たれたんですけどね…。
相談できるうちは
まだそんなに病んでない?まだ大丈夫的な
感じも受け取れるもんね。
弱みを正直に見せるってことも、
相当気合いのいることだと思うのよね~。
本当の本気で悩んでたら、
人に相談出来ないって思ったりもしてきた