朝明けに

聖書のことばから、うれしい一日一日の糧を!

覆い隠されていたもの全てが明らかにされる時が来るのだそうです。

2014-03-26 22:44:28 | 聖書から
主は
カインに言われた。

「なんということをしたのか。

お前の弟の血が
土の中から
わたしに向かって
叫んでいる。」
創世記4:10



 富んでいる人たち、
御覧なさい。
畑を刈り入れた労働者に
あなたが
支払わなかった賃金が、
叫び声をあげています。

労働者の叫びは、
万軍の主の耳に
達しました。

あなたがたは
正しい人を
罪に定めて、
殺しました。
ヤコブ5:1、4~6

(ローズンゲン日々の聖句3/27;木)


誰もいない野に出て行き、
弟のアベルを殺した
カイン。

誰にも見られていないはずでしたが、
あの方は
全部知っておられたのですね。


富んでおり、
権力を持っている人が
当然支払うべき賃金を
払い惜しみしている。

その労働者の叫びも、
あの方の耳に
達しているのだそうです。

そして、
正しい人を
罪に定めて
殺したことも。


御子である方が、
再び来られるのだそうですね。

前の時は、
私たち人間の罪を負って
私たちの身代わりに
処刑されるために
来られたのだそうですが、

今度は、
それぞれの人を
それぞれの仕業に応じて、
正しい評価を下すために。


その日、
すべての隠されているもの、
覆われていたものは
明らかにされ、

公平な
正しい審判が
下されるのだそうです。


農夫が実りを、
その時期が来るまで
耐え忍んで待っているように、

私たちも、
その日を
希望をもって
待ち望むのですね。

今日も。

聖書・聖句


[にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ]


[269RANKのランキングサイト]


"哲学・思想 ブログランキングへ"

天を延べ、地の基を据えた方が一緒に行って下さるのだそうですから

2014-03-26 08:37:52 | 聖書から
わたしの手は

地の基を据え、



わたしの右の手は

天を延べた。



わたしが

彼らに呼びかけると、

共に立ち上がる。

イザヤ48:13






 天と地、

海の水の源を創造した方を

礼拝しなさい。

黙示録14:7
 



 (ローズンゲン日々の聖句3/26;水)






天と地を造られた方を

礼拝するのですね。

私たち。



その方が今日、

私たちと共に

出て行って下さる。



力ある御手をもって。




だから、

私たちの側は

お先真っ暗でも、

不安で膝小僧をガクガクさせながらでも

いいのだそうですね。



出て行きさえすれば、

あの方の力強い御業を

見ることになるのだそうですから。



今日も。










"にほんブログ村哲学・思想ブログ キリスト教へ"





[269RANKのランキングサイト]





哲学・思想 ブログランキングへ


あの方の御思いが成ること、それが喜び、生き甲斐なのですね。私たち

2014-03-24 23:10:16 | 聖書から
人の心には

多くの計らいがある。



主の御旨のみが

実現する。

箴言19:21






彼ら(パウロたち)は

ビティニア州に入ろうとしたが、

イエスの御霊が

それを

許さなかった。

使徒16:7
  



(ローズンゲン日々の聖句3/25;火)






人は多くの計画を立てますが、

あの方の御思いにあることが

成っていくのだそうです。




パウロたちも、

第2回伝道旅行で

トルコの中部まで来て、



北(黒海の方向)の

ビティニアへ行こうとしたようですが、



あの方は、

「聖である霊」とか、「イエスの霊」とか呼ばれるお方によって、

パウロたちが思っている

北の方向ではなく、



西の

マケドニアやギリシャへ行くよう、

方向転換させられたようですね。





こうして、

イエスによって成し遂げられた

救いの出来ごとのニュースは、

エーゲ海を越えて

ヨーロッパに伝えられていったのだそうです。




私たちも、

多くのことを思い図りますが、



その思いの一つ一つを

あの方の前に

差し出し、広げ、見ていただいていくとき、



そのうちの、

あの方によって起こされた思いのものが

実現していき、



あの方が

私たち、一人一人を通して

しようと思っていらっしゃることが

成っていくということのようですね。




あの方と

思いを一つにし、

行動を一つにする関係の中へ、

もっともっと

進んでいきたいですね。



今日も。














"にほんブログ村哲学・思想ブログ キリスト教へ"





[269RANKのランキングサイト]





哲学・思想 ブログランキングへ


胸を焼かれる思いだったのだそうです。あの方

2014-03-23 22:36:32 | 聖書から
わたしは

激しく心を動かされ、



憐れみに

胸を焼かれる。





わたしは、

もはや

怒りに燃えることなく、



エフライムを

再び滅ぼすことはしない。



わたしは

神であり、

人間ではない。



お前たちのうちにあって

聖なる者。

ホセア書11:8〜9
 





罪が

増したところには、



恵みは

なおいっそう

満ち溢れました。

ロマ5:20
 



 (ローズンゲン日々の聖句3/24;月)






エフライムは、

エジプトに下ったヨセフの弟息子で、

祖父ヤコブから

長子の権を受けた者だそうです。



それで、

イスラエル民族の別名として

呼ばれており、



国が南北に分裂した後は、

南ユダ王国に対する

北イスラエル王国(イスラエル10部族)を表す名前として

使われているそうです。




あの方は、

エフライム(北イスラエル王国)が、

何度、預言者を送り、

立ち帰るよう勧めても、

そむきにそむき、

離反を重ねるので



ついに

アッシリア帝国を用いて

罰しようとされるわけですけれど、



罰するその胸中は

「憐れみに胸を焼かれる」ようであった、

のだそうですね。...




それで、

罪が増し加わるところには、

恵みは

なおいっそう

満ち溢れて、



ご自分の側で

責任の一切を引き受け、



イエスを身代わりに立てて、

刑罰の一切をイエスの上に置いて

十字架刑で処刑し、



呪われたものとして、

天と地との間に

高く掲げられたのだそうです。




それで、

このことが成った今は、

私たちに、

今のこのままで

向き変わって

帰って来るように

招いていて下さり、





帰って行くならば、

子の身分を与えて下さる

「聖である霊」と呼ばれる方を

お遣わし下さって、



子として、

家族として、



あの方を

「父」と呼び、



あの方と

心の思いをひとつにしながら

生活する者に

して下さるのだそうです。




私たちの承諾ひとつで。



今日も。






イメージ 1





[にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ]





[269RANKのランキングサイト]





"哲学・思想 ブログランキングへ"


実現するのですね。あの方と思いを一つにするという約束。私たちにも

2014-03-22 22:02:59 | 聖書から
鋤(すき)に手をかけてから

後ろをかえりみる者は

、神の国に

ふさわしくない。

ルカ9:62

(ローズンゲン今週の聖句)






主が

イスラエルの家に告げられた

恵みの約束は

何一つたがわず、

すべて

実現した。

ヨシュア記21:45






 この約束は、

あなたがたにも、

あなたがたの子どもにも、

遠くにいる

すべての人にも、



つまり、

私たちの神である主が

招いて下さる者なら

だれにでも、

与えられているものなのです。

使徒2:39
  



(ローズンゲン日々の聖句3/23;日)






この時、

イスラエルの民に

カナンの地を与えると言われた

約束は、

一つもたがわず、

みな

実現したのだそうです。





その時から1000年あまりの時が流れ、

ご計画の時が来て、

御子である方が

人間イエスとして

生まれられ、



33年あまりの歩みの後、

旧約聖書の

約束の預言のとおりに

十字架刑で

処刑されて下さったのだそうですね。





そればかりか、

預言のとおりに

3日目に復活され、



40日に渡って

何度も弟子たちに

お姿を見せ、

話して下さって、



御自分が

確かに復活して、

生きていることを

弟子たちに見せたのち、



弟子たちの見ている前で

天に

帰って行かれたのだそうです。




その時、

弟子たちに

「エルサレムから離れないで、

わたしから聞いた父の約束を

待ちなさい。



もう間もなく

あなたがたは

聖霊のバブテスマを受けるからです。」と

言い残して行かれたのだそうですね。




それで、

それを待ち望んでいた

弟子たちのところに、



約束のとおりに、

「聖である霊」と呼ばれる方が

来られ、



弟子たちの心に

「父である方」の御思いが

来て、



弟子たちは

「父である方」の

御思いのままに、



「聖である霊」と呼ばれる方が

語らせられるままに

語り始めたのだそうです。




この日から、

弟子たちに、

「父である方」と

思いを一つにする者になることが

始まったのだそうです。




そして、

この、

「聖である霊」と呼ばれるお方が来て下さるという

約束は、



あの時の弟子たちだけのことでなく、

遠くにいるすべての人にも、



つまり、

2000年後の、



そして

東の果ての国、

日本にいる

私たちにも

与えられている

約束なのだそうです。



一つもたがわずに

実現する

約束なのだそうですから。




この約束のお方、

お迎えしていきたいですね。



今日も。






イメージ 1








[にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ]





[269RANKのランキングサイト]





"哲学・思想 ブログランキングへ"