ボーイスカウト磯城一団

奈良盆地の真ん中に位置する磯城郡(田原本町、三宅町、川西町)で活動しているボーイスカウトです。

動く城

2009年06月06日 | 独り言
2月に金剛山の下見にいった際に道に迷った話をしたが、その時に使った地図を見て興味深い事実が判ったので紹介する。
添付画像を見てほしい。昭文社発行の「山と高原地図」である。上が2002年版、下が2009年版で、金剛山の登山口付近を示している。図中赤丸で囲っているのが、それぞれ千早城跡である。2002年版では666mのピークのすぐ南川に城跡の記号が描かれているが、2009年版では、666mのピークから北西方向の離れた場所に千早城跡が記されている。2つの地図を見比べると、この7年間で城が動いたように見える。また、2009年度版には千早神社と府立山の家が消されている。
実際は、2002年版は本丸跡付近、2009年版は四の丸跡付近に、城跡が描かれているのである。したがって、両方とも間違いではない。この666mのピークから北西方向にかけて、全て城跡なのである。千早神社と府立山の家も現存している。
2月の下見の際は2002年版の地図を見て、城跡の記号の位置を四の丸付近と信じ込んでしまったために、自分の位置を見失ってしまった。現実には城跡の標は四の丸に立てられているのである。城の機能や構造からすると本丸跡に地図記号を持ってくるのが正解に思えるが、登山地図としてみた場合は四の丸跡に城跡の記号があったほうが自分の位置を把握しやすい。
2009年度版「山と高原地図」の城跡の位置は、最新の国土地理院の地図と同じである。おそらくは原図となった国土地理院の地図が記号の位置を動かしたものと思われるが、古い国土地理院の地図が手元にないために確認はできない。この国土地理院の地図と山と高原地図を比較してみると、さらに驚くべき事実が見つかるのだが、その話はまたいつかしたいと思う。

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