台風は雨雲を連れてきましたが、ほかは少し風が強かったくらいで済んだようです@広島。でもじめじめしてる〜💧。
以前から気になっていた、与謝野道子『どっきり花嫁の記』(主婦の友)を読み終えたので、このあたりで少しだけ感想とコメントをば。
こちらはドラマ化されたこともあるし、苗字でぴんと来る方もあると思うのですが、歌人与謝野晶子の次男の妻による、義母の晩年を描いた本です。内容的にノンフィクションかと思うのですが、wikiには「小説」と書いてあるんですよね。中の項目「概要」も本ではなくドラマの方の内容になっているようですし。
今回はたまたま地元の図書館にあったので借りて読みましたが、初版は1967年!(借りたのは重版なのでもう少し新しい) そして描かれているのは、昭和の初め頃から戦争中のことなので、内容も文章も古いといえば古いのですが、ここ以外では語られてはいないのでは? と思える事柄がたくさん出てきて興味深く読みました。
ちなみにこの本を手に取るきっかけになったドラマですが、私が観たのは1982年の東海TV版だと思います。残念ながら一部しか観た記憶がなくて、多分冬休み春休みの時期に母といっしょに視聴していたのでしょう。けれど一部でもけっこう強い印象が残ってます。
以下、実際に起きたことなのでネタバレとは違うのかもしれませんが、内容に少し触れますので、未読の方はご注意下さい。
ドラマ版ではヒロイン道子がお見合いして結婚して、外交官の夫との生活やその後生まれる子供たちのことなど描かれていたような気がするのですが、この本の方はそちらはサブのお話で、義母晶子とのエピソードが思いつくままに(ときとして時系列に沿わず)並べられています。「ザ(姑な)与謝野晶子」と帯にでもこっそり書きたいところですが、誤解が無いように言っておきますと、この時代にしては(?)とっても出来たお姑さんです。道子が実母を早くに亡くしていて、出産となると頼ったのがベテラン姑というのもあるでしょうね。もちろんほかの家事も。
晶子の病臥後次男一家と同居するようになって、さらに嫁姑の時間は増えるのですが、著名人が次々に訪ねてきたりとなかなか賑やかな闘病生活で、看護や家事をする雇い人がいるといっても大変そうにみえました。
その中で個人的に気になった箇所を少しだけ挙げますね。
○ 長女誕生後、義母に命名を頼んだら今で言う「キラキラネーム」がずらりと並んだものを手渡された。結局、相談してもう少しありふれた名前になったがそもそも与謝野家の兄妹は珍しい名前揃い。うち何名か、森鴎外名付け親らしい。
○ 晶子の十一子全員が与謝野家で育ったわけではなく、三男のあとに産まれた三人の女の子は里子に出されていたことがあり。
○ 当時の釜飯はジャンクなフード扱いだった。
○ 与謝野家での両親の呼び方は「パパ」「ママ」(鉄幹と晶子のこと)……というふうに読める。
ほかにもたくさんありますが、あとは直接本を手に取られた方が良いかと。
しかしこの本、wikiにはこの版のあと1982年に出た版もあるようなのですが、情報がない……。もう少し手に取りやすい形で再版されるといいなとは思うのですが、ちょっと難しいですかね? これ、一通り読んだら与謝野晶子のwikiに手を入れたくなる人が出そうな予感。
ただ、上でも書きましたが時系列に沿った書き方がされていないので、話が前後していることがままあって分かりにくいのが残念といえば残念でした。あとがきでもそのことに触れていて、ノートに思い出すまま書いていった結果だとか。リライト云々ともあるのですけど、その方はあえて大きく変えることはせず、書き手の文章を尊重したのでしょうね。
ドラマについても、地上波は無理でもどこかCS局で再放送してくれたりはしないものか……。それとも過去にもうあったりするんですかね? 昔のドラマはテープが貴重な時代で、マスターが残っていないとは聞きますけど、この時代はどうなんでしょうね。
(※作家、歌人の方の敬称は省略させていただいております)。
おまけ。
昨日観ていいドキュメンタリーだと思ったので。
「日誌につづられた孤児たちの戦後 〜広島戦災児育成所の記録から〜」
https://www.nhk.jp/p/ts/L1Z6VNNQ6P/episode/te/4Y7NNYXZ9L/
NHK広島製作「コネクト」という番組です。広島以外での放送予定もあるようなので、興味を持たれたら是非。
8月になったらあらためてここで触れたいと思ってます。
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