※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
カヲリが10年以上前の記憶を手繰るように物思いにふけっていると、最後となる3層目のクリーンセキュリティーの出口の扉が開いた。これで完全な滅菌処理が済んだということだ。
その先には無機質な白色照明が並ぶ細い通路を10メートルほど歩く。そして突き当たりの扉が開き、コロニー内の地上街区へと出た。
ドームに覆われたコロニーも、ここ地上街区の昼は明るい。ドームは人体にとって無害である可視光は通し、その他の紫外線や宇宙災害の引き金となったような未知の放射線などを遮断できるような特殊素材でつくられている。もちろん、肉眼で見る空よりはくすんで少し暗くなってしまう。
地上街区は主に居住区として住民が集まり、いかにもロボット達がこしらえた画一的で効率的な集合住宅群をベースに暮らしている。ここに来れば大勢の人がいる。若い男女から高齢者まで様々な人が、欲しいものは自由にもらえる衣服やアクセサリーで思い思いに着飾っていた。皆仕事はないので道行く人と立ち話したり、公園でくつろいだり、ランニングを始めスポーツを楽しむ人も多い。
この中に入ると、飾り気のないタンクトップにカーゴパンツ、荷物を詰め込むための大きなリュックを背負ったカヲリの出で立ちはどうも浮いてしまう。すれ違う人は皆ワケありの人間を訝しむような視線をチラリとよこすと素知らぬふりして通り過ぎていった。面と向かって揶揄してくる人はいないが、一目見て”外の人間”という括りに分類され、変人扱いを受けているのは知っている。
カヲリは気にすることなく買い出しができる目的地、地下街の入口へと向かった。もうドローンは付いてきていないが、これらの様子は全てコロニー内の監視カメラで仔細に記録されているであろう。ただし、ここまで洗練された監視社会においてはカメラがどこに有るのか判らなかった。それほど融け込んだシステムなのだ。
地下街へ通じるエレベーターに乗り込んで行き先であるB8Fのボタンを押す。着いたフロアに出ると、地上街区とはうって変わり、沢山の人工照明やきらびやかなネオンサインがひしめく、いわゆるSF小説や映画の”サイバーシティ”と呼ばれるような街並が広がっている。
天井は思った以上に高く開放感が有る。コロニーの外の街区は荒れ果ててる代わりに、ここ中枢のコロニー内ではあらゆる開発リソースが集中しているため、機能面も装飾面もあらゆるものが贅沢にあしらわれた環境が構築されていた。
そして、地下街を歩き始めたカヲリのそばに、すぐに小型ドローン型AIロボットがやってくる。
『ようこそ、お客さま』愛嬌の感じる声を出しながらロボットはカヲリに話しかける。ディスプレイに目と口がかかれ、丸っこくて可愛らしい姿をしていた。
「やあ」とカヲリが応えると、ロボットの顔が笑顔になり、すぐさま返事が返ってくる。
『どうも、カヲリさん、お久しぶりです、今日はどういったご用件で?』
顔や声帯からすぐさま個人を特定し、コミュニケーション履歴を呼び起こす仕組みだろう。毎回異なるロボットが付いてくるが、履歴は全て共有されている。彼らロボットは、地下街での買物をスムーズに案内してくれるコーディネーターの役割を担っていた。
「いつもどおりの食量と、あと下着や服も欲しいなと思って」
『承知いたしました。カヲリさん、今日もいつものタンクトップですね。たまには違うコーディネートはいかがですか?よろしければご提案しますが』
カヲリは苦笑いしながら「せっかくだけど、いいよ、あたしはこれが好きなの」
『残念です、カヲリさんの美しいお顔によく似合うエスニックな大人コーデがあったのですが』
「あはは、お上手ね。・・・えっと、ごめん、キミをなんて名前だっけ?」
『Z0C038231』です。
「ゼットゼロ・・・シー?、えっと、そうかまだシリアル番号しかないんだね。ちょっと覚えられないや。じゃあ、マルコって呼ぶね。まるっこいから」
『おー!マルコ!良い名をありがとうございます。わたしは初めて名前を与えられました。これから私はマルコです!』そう言って、小さなロボットはカヲリの周りを嬉しそうにクルクルと飛んで回った。カヲリはその様子がおかしくて笑った。
『ではさっそくご案内します。まずはお食事類ですね、ミールエリアへと参りましょう』
・・・つづく
主題歌 『The Phantom City』
作詞・作曲 : shishy