私は少し体勢を崩しかけながら前へ進む。気がつけば小屋がすぐそこに近づいていた。
近くで見る小屋は白っぽくて四角いレンガのような石を積んで形作られた簡素なものだった。屋根の上にはどうやって生えたのか、緑の芝が石と石の間から伸びていて、建てられてからの長い年月を感じさせる。すっかり日に焼けて色を失った小さな木製のドアが入り口のようだ。その横にはささやかなガラス窓が付けられている。
私とリンは小屋の前で立ち止まった。振り返るとヒカルとおばあちゃんはまだ丘の中腹にいて、こちらにゆっくりと向かいながら歩いていた。
「この中に、アサダさんが・・・」私は逸る気持ちを抑えかね、皆が辿り着く前に小屋の中の様子を見ようと小窓に近づいた。
その小窓は現代的な作りの家と比べてかなり小さく、大人一人が覗ける程度のサイズ感で、さらに少し高い位置にあった。リンにとっては少し高すぎて中を覗くことはできないだろう。私は石を積んだ壁に触れながら、その小さな窓から小屋の中を覗き込んだ。
暗い部屋の中央に簡素な木製の椅子とテーブルがワンセット置かれていた。壁の周りには小さな洋箪笥のような家具が見える。中世に描かれた絵画の中を見ているような、どこか生活感のない部屋だった。床は木の板が敷き詰められたフローリングだが、随分長い間掃除や手入れもされてないようで埃が溜まっているようだ。
更に奥に、もう一つ部屋があった。薄暗い中に別の窓から日が差し込んで明るくなった場所に、ベッドらしきものが置いてあるのが見える。
「ねえ、何が見える?」リンも近づいてきて私に聞いてきた。
リンに振り向こうと顔を横に向けた時、奥の部屋で何かが動いたような気がして、私はもう一度部屋の中に目を凝らした。
「あっ、誰かいる!」
奥の部屋の暗がりの中から、ベッドに向かってゆっくりと近づく人影が見えたのだ。
「誰?アサダさん・・・?」リンが声をひそませて聞いてきた。
「暗くてよく見えない・・・でも、女の人。黒いワンピースを着てる」
奥の部屋の窓から差し込む光が、ベッドに近づくその女性の足元から照らし出し、白っぽいふくらはぎと黒いワンピースの裾が見えた。
そして、次に白い手が目に入った。その細い手には、何やら細いロープのようなものが握られている。
さらにベッドに近づき、その横で立ち止まったその女性の全身の姿を光がついに映し出した。
「アサダさん・・・?」黒いショートカットのその横顔は、確かにアサダさんに間違いなかった。
しかし、私の知っているアサダさんの表情を感じ取ることはできなかった。
黒髪から覗くその横顔は、とても険しい表情で何かを思いつめ、氷のような冷たさをも感じさせるものだった。
黒いワンピースを着たアサダさんは、手にした細いロープを持った両手を、ベッドの方に差し伸ばした。
その手先はかすかに揺れて見えた。
暗がりに馴れてきた私の目に、ロープを握るアサダさんの白い手の先に、ベッドで横たわり寝ているもうひとりの別の人物が映った。そして、アサダさんがロープをその人物の首に巻きつけようとした時、私は事態を悟り、反射的に窓から離れて急いで小屋のドアノブに手をかけ中に入ろうとした。
扉には鍵がかかっていた。
私は力任せに扉に体当たりし、その様子に驚くリンをよそに、大声で叫んだ。
「アサダさん!アサダさん!何をしているんですか、僕です、イナダです!開けてください!」
ドン、ドンと体を木のドアに何度も打ち付けながら、喉が張り裂けそうなくらい大きな声をだす。
やがて扉につけられた鍵が歪んできたのか、少しずつ扉と入り口の入壁との間に隙間が広がり、ガキッという鈍い金属と木のかち合う破壊音が聞こえたと同時に、その扉が開いた。
私は咄嗟に中に踏み込み、奥の部屋に駆け入る。
しかし、もうそこには黒いワンピースを来たアサダさんの姿はなかった。床に、さっきまでアサダさんが握っていた細いロープだけが落ちている。窓から覗いた時は見えなかったが、奥の部屋にさらにもう一つあった扉が開け放たれ、外の景色が見えている。裏口のようだ。アサダさんはここから外に出ていったのだろう。
直ぐに追いかけようか悩んだが、ベッドに横たわる人物を放っておくこともできなかった。
ベッドに視線を落とした時、私は驚きのあまり固まってしまった。
そこに目を瞑って横たわっている人物もまた、アサダさんだったのだ。
・・・つづく。
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