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誰も知らない、ものがたり。

巡りの星 50



 次元移行をしてクッキーに連れられ移動してきた私たち。
 眼下にはアサダさんがいると思われる白いマンション。
 どれくらいの時間がかかったのか、私には不思議と掴みかねた。
 次元移行中は、どうやら時間の感覚も普通の世界のものとは少し違うのかもしれない。
 私は少しずつ、このふわふわとした感覚を伴って空中に浮かんでいるこの状態にも馴れてきたようだった。
 
 「よし、このまま下に降りよう」
 私はリンに言うと、何となく下に降りるイメージを思い浮かべてみた。
 
 さきほどの、橋爪部長のマンションが映し出された光に向かって“心を寄せる”感覚。

 すると、すうーっと私の身体が空中を下に向かって移動し始めた。

 手をつないだリン、リードでつながったクッキーも一緒についてくる。
 
 私はそのままマンションの入り口の前に降り立った。
 正確には、地面から少しだけ浮いている状態だけれども。
 周りにはちらほらと人がいる。帰宅難民の人たちか、地域の防災を担う自治体の人たちだろう。
 私たちが目の前に降り立っても、まったく気づく様子はない。

 「わわ・・・!」
 私のすぐ側を通ろうとした男性が居たと気づいた時には、すでにその人は私の右半身をすり抜けていたことに驚き、思わず声が出た。
 しかし、通り過ぎたその男性には、その声もまるで届かないようだ。

 「いったでしょ、あっちの現実世界の人たちには、見えてないし、触れないし、あたしたちの声も聞こえないの」
 リンが私を見て言った。

 「そ、そのようだね・・・。なんだかお化けになった気分」

 「あはは、まあ、言っちゃえばそういうこと」

 「・・・」
 お化け・・・私は自分で言っておいてちょっとだけ怖くなったが・・・リンの前でそれは言わないでおこう。  

 他の地域住民はいつ来るか判らない余震に備えて、今は家でおとなしくしているに違いない。
 今は誰にも見えず、声も音も周りには聞こえないこの状態で、アサダさんの部屋をつきとめた方が良い。
 この『お化けモード』は、メチャクチャ都合良いではないか!

 リンもそのつもりらしく、元気よく言った。
 「よし、じゃあ、片っ端から部屋をのぞこう!」
 
 「・・・え!?へ、部屋をのぞくぅ!?・・・って、クッキー、部屋まで判るんじゃないの?」
 私は慌てて聞き返す。

 「クッキーは部屋まではわからないよ。縦にいくつも部屋があるマンションは特にわかりづらいの」
 ペロリと舌を出して自分の鼻を舐めるクッキー。リンは続けた。

 「だから、ここからはアサダさんの部屋を手当たり次第探すの。次元移行しているあたしたちはどんな厚い壁だってするりと抜けられるんだからさ」
 事もなげに言うリンに、私は慌てた。

 「え、ええ!だめだよ!そんなのプライバシーの侵害だし、それにほら、相手が女性だったらマズイでしょ!!」
 
 私の言葉に呆れるような顔をしたリン。
 「ちょっとぉ、バカじゃないの?今は宇宙が消えるか消えないかの時だよ。そんなこといってる場合じゃないでしょ」

 ば、バカじゃないの?って、ちょっと成長したと思ったら、急に口が悪くなったのでは・・・。これって、思春期?
 
 「いいから、いくよ!」

 リンは私の手を引っ張りながら、そそくさとマンションの入り口の自動ドアをするりと抜けてしまった。
 「え、ええ!?」 
 続いて私とクッキーも自動ドアのガラスをすり抜けた。

 目の前に迫るガラスに思わず目を瞑っていた私は、いつの間にかマンションのエントランスロビーの中に入っていた。
 リンを先頭に私たちはそのままオートロックの扉もすり抜けようとした時点で、私はとっさに思いついた。

 「・・・そうだ!マンションには郵便受けがあるじゃないか!そこに名字が書いてあるはずだから、それで判るよ!」

 私はそのまま行こうとするリンをとどめて、エントランスロビーから宅配業者などがアクセスできる、マンションの各部屋の郵便受けが集まった場所を指さした。

 「あ、なるほどね」
 リンも納得したようだ。やはり、効率的にはその方がいい。
 これで、のぞきを犯さなくて済む。・・・ちょっとだけ、残念な気持ちも、あるけれど・・・。
 

・・・つづく。
  
 
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