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誰も知らない、ものがたり。

巡りの星 39



 私は電話の向こうのヒカルに思わず聞き返した。

 「・・・助っ人って、一体だれ?」

 『話せば長くなるから、今から直接会ってもらう・・・』

 そう言うった電話越しのヒカルの声の終わりに、急にザザーというノイズが入った。
 それと同時に、私の耳にキーンという高い音が聞こえてくる。
 そして、玄関側の窓の外で光が一瞬だけ強まり、部屋を少しだけ明るくした気がした。
 
 —ピンポーン

 「!?」
 玄関のチャイムの音だ。
 
 『イナダくん、お客さんよ。早く開けてあげて』
 「・・・えっ、あ、う、うん」

 私は玄関に行き、鍵を開け、恐る恐る扉のノブに手を掛けた。
 
 ガチャ。

 ゆっくりと扉を開け、空いた隙間から外を見ても、そこには誰もいなかった。
 
 「あれ?」
 ドアを目一杯開けて、身体の半分ほど表に出て、左右を見渡してみても、やっぱり誰もいない。
 
 「・・・どうなってんだ?誰も、いないよ?」
 私は電話越しのヒカルにそう言いながら玄関の扉を閉め、部屋に戻ろうとしたその瞬間・・・

 「トモヤ!!」
 「ワン!!」
 「わっ!?」

 突然後ろから呼びかけられ、心臓が飛び出るほど驚いた!
 ビックリして反射的に振り向くと、そこに見知らぬ小さな女の子と・・・白い犬がいた・・・!し、柴犬?

 「あはははは!びっくりしたー?」

 私の驚く姿がよっぽど可笑しかったのか、女の子は口を大きく開けて楽しそうに笑っている。
 見た感じ小学生の2年か3年生くらいだろうか?
 それにしても、一体、いつの間に部屋の中に入ったんだ!?

 「き、きみ、一体どうやって入ったの?・・・って、いうか、きみはだれ!?」

 「ワン!」
 女の子が答える前に、まず白い柴犬が尻尾を忙しく振りながら鳴いた。

 「このこの名前はね、クッキーだよ!」
 私は、驚いた。
 なぜなら、ちょうど、昔おばあちゃん家で飼っていた白い柴犬を思い出していたところで、目の前の犬はとてもよく似ていた。そして、その犬の名前も全く同じクッキーだった。
 おばあちゃん家に行った日は、家の周りの農道でクッキーの散歩をするのが私の日課だった。
 そのクッキーが天国に旅立ったのは、私が小学校1年生の夏だった。

 亡くなる直前に会ったクッキーの様子は、今でも忘れられない。

 いつもなら私の顔を見ると、尻尾を振りながら元気よく飛びついてくるのに、その日は座りながら少しだけ顔を上げて、ちらっとこちらを見ただけで、また顔を下げてうずくまってしまった。
 その時に、私は見てしまったのだ、その白い前肢に、朝に口から吐いたという赤黒い血が少しだけついていたのを。
 子どもながらにとてもショックだったのを覚えている。
 その翌日の朝、クッキーは穏やかに眠るように、息を引き取ったと聞かされた。
 しばらく、夏の真っ白な入道雲を空に見るたび、真白なクッキーを思い出したっけ。

 「ワン!ワン!ワン!」

 今この目の前にいるクッキーと呼ばれた白い柴犬は、尻尾をものすごい勢いで振りながら、私に前肢をあげて飛びついてきた。私の知っている元気な時のクッキーとまるで同じだ。

 「おお!あはは、くすぐったいよ・・・!」

 クッキーの前肢を手にとり、顔を近づけると、クッキーはペロペロと私の顔をなめじゃくった。
 
 一瞬、過去の自分に戻った気がした。子どもの頃、こんな風にベロベロと舐められて、ばっちいような、うれしいような、くすぐったいような、とにかく笑わずにはいられなかったっけ。

 瞬時に、あの時の懐かしい感触が呼び戻され、胸が一杯になった。
 そして、確信に近い思いが湧き起こったのだった。

 
 「・・・クッキー、おまえ、クッキーなのか!?」

 「ワン!!クーン、クーーン!」
 クッキーは答えるようにのどから声を絞り出した。 
 その白い顔には、私の知るクッキーのトレードマークである、眉毛のような少しだけ黒い毛のラインが目の上にあった。
 ・・・間違いない。


 「・・・クッキー!本当にクッキーなのか!?ああ・・・うそだろ!?・・・ああ、会いたかったよお!」

 その隣で、女の子がまた笑いながら言った。
 「だから、あたし、クッキーって言ったじゃない、あはははは!」

 私は飛び跳ねるクッキーの身体を抱きしめて白い毛並みに顔を埋めた。
 懐かしい、懐かしい、クッキーのにおいがした。
 涙があふれた。
 私はもう一度、強くクッキーを抱きしめた。


・・・つづく
 

 
 
 
 
 



 
 
 
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