事務所には扉入ってすぐに社員・アルバイト問わず皆が食事や休憩が出来るスペースがあり、扉を一枚挟んで店長をはじめ正社員が店の売り上げ管理、食材や飲料の発注などを行うオフィススペースがあった。
そのオフィススペースの扉は普段しっかりと閉じられているのだが、今日はほんの少しだけ開いていて、中から店長の話し声がわずかに漏れ聞こえていた。どうやらテレビ電話で誰かと話しているようだ。
「・・・はい。まあ、そうですね。ですが、それは・・・」
何かを押し殺しているような店長の声に対し、テレビ電話の向こうにいるらしい、女性の声が割って入ってきた。
『すみません、何か理由があり、それらについて説明されたいなど、申し立てがある場合は、社の管理システムのマネージングAIを通して社に上げてください。私の業務はあくまで本部の意見をあなたに伝えることですから」
非常に事務的でクールな話し方だった。悪く言えば、冷たい印象。
店長の小さなため息が聞こえたと思うと、続けざまに声を張った、いつもの店長の声がせきを切ったように、とどろいた。
「あのですね、あなたにはいつも本社の冷静なアドバイスを伝えていただいてていいんですけどね、それでもあまりにも融通が利かなすぎですよ!」
『と、申しますと?』 大きくなった店長の声に、微動だにしない冷静沈着な女性の声が返される。
「だから、いくらAIが出した結論だからって、一方的にそれを店に押しつけて、あなたは顔も知らないアルバイト人員をカットしろだとか、あまりに冷たいなとかって、思わないんですか?」
・・・え!アルバイトの首の話・・・?私は、思わず固唾を呑んで、会話に耳を傾ける。
『・・・そのように感情的になられては困ります』
間髪入れず、店長が返す。
「感情がなかったら、人間じゃないでしょう!」
『・・・』
沈黙する女性にさらに店長はたたみ掛ける。
「あんたはAIか?人間だったとしても、AIの入ったことそのまま伝えて、よろしくって、それこそAIで出来る仕事でしょうよ!」
さすがに気分を害したのか、女性の反論がはじまった。
『・・・では、本社意向にあなたは背くということを仰っているんですね?』
「本社の意向じゃなくて、AIの意向に反対してるんです」
『同じ事です』
「同じじゃない!俺は本社の意向にそってるよ。居酒屋で一生懸命、街の人の笑顔増やすんでしょ!?それいいなって思って、一生懸命やってるんですよ、こっちは!」
『しかし、AIの絶対評価として、あなたの店が上手く行っていないということが数字として出てますから』
「AIの絶対評価ってなんすか。数字で見たってわからんでしょう。店員は人なんだから、人それぞれに成長スピードとか、性格とかがあって違うんだよ。この店はこれからようやくお客さん増えて、伸びるんだよ。皆育ってきてるんだよ!」
『・・・あなたの私見や態度は我々の本社のマネジメントシステムに非常に相容れないものです。大きな問題として本社に報告をせざるをえません』
「おお、そうしてくださって結構。そのかわり、こうも伝えてください。この店は3ヶ月後には必ず、全店舗の平均売上を超えてみせます。AIのマネジメントやトレーニングなんかじゃなくて、人間の心で人間を育てて、地域の人に愛される店にすると」
『そんな大言をはいて出来なかった場合には、懲戒が待っていますよ」
「その覚悟はできてるさ。でも、俺自信がありますよ。AIの管理では決して出来ない店の空気っていうのがあるんだ。バイトの子達だって、怒られながら一生懸命考えて、働いてくれてるんだよ!絶対にやってやりますよ」
そこで店長は一呼吸置いて、今までで一番大きな声をだした。
「だから、絶対にバイトを首にはしない!!」
そう言い終わると、一方的に店長はテレビ電話の通信を切ってしまった。
そして、事務所に沈黙が訪れた。
ドアの少しの隙間から、そうっと店長のいるオフィススペースをのぞき込む。
そこに、ひどく小さく丸まり固まった、店長の背中を見た。
しばらくそうしていた店長は、小さくため息をついて、椅子から立ち上がりそうな動きを見せたので、私は慌ててドアから離れ、何食わぬ顔して休憩スペースのテーブルの椅子に座る。
ドアがあいて、店長がこちらにやってきた。
私がいることに一瞬驚いた表情をしたが、すぐに“いつもの店長の顔”にもどって言った。
「おう、なんだいたのか。ホールの様子はどうだった?」
私は、休憩前のお客さんの様子を思い出しながらいった。
「・・・はい、お客さん・・・すごく楽しそうです」
私は言いながら何故だか泣きそうになり、鼻の奥がつーんとしたので、ずるっと鼻をすすった。
それをみて、店長は「おう、そうか」といって、慌ててクルリと背中を向けた。
ちょっとして、店長も鼻をすすった。
「じゃあ、俺ホールにでるわ」
店長は顔を向けずにそう言い、そのまま事務所を出ようと出入り口のドアまでそそくさと歩く。
そして、ドアを開けながら、もう一言、私に向かって言った。
「イナダ、おまえは頑張ってくれてるよ、ありがとな」
バタン、と事務所のドアがしまると、ふいに私の目から涙が出てきて、一粒頬を伝った。
・・・つづく
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