事務所から出ていく店長の背中と閉まる扉を見た次の瞬間、私の目には、なぜか父親の後頭部が映っていた。
ここは、父親が運転するクルマの後部座席だった。
車の座席も、ハンドルを握る父親の姿も、全てが大きく見える。
そして、自分の足を見るなり、それら周囲のものが大きいのでは無く、私の身体が小さいのだということに気がつく。
混乱しかけたところに、顔を横に向けて父親が話しかけてきてた。
「トモヤ、そろそろおばあちゃん家に着くぞ」
そうだった。今はお父さんのクルマでおばあちゃん家にいく途中だった。どうしたんだろう。少し変な夢でも見ていたのかな。
僕はお父さんに言われるまで、なんだかぼうっとしていたみたいだ。
「あれ、どうした、トモヤ。いつもはおばあちゃん家に近づくといえーいって、大喜びのくせに」
いまお父さんに言われた言葉が僕の中にようやく入ってきた。
「え?ああ、うん!おばあちゃん家もうすぐなの?やったー!」
「あははは、寝ぼけてたか?」
おばあちゃんはずっと病院で入院していた。おじいちゃんは僕が幼稚園の年中の時に死んじゃった。おばあちゃんは、それからしばらく一人で田舎のお家で暮らしていたけれど、去年あたりに具合がすごく悪くなって、この間までずっと病院に入院していた。
僕はいま小学3年生。お父さんのクルマでおばあちゃん家に行くには、すごく時間がかかって、3時間とか、ずっとクルマの中だから少し退屈。だから、おばあちゃん家がもうすぐって聞くと、いつもすごく嬉しくなって大きな声でよろこぶんだ。
「ねえ、お父さん、おばあちゃん、退院できてよかったね」
「ん?ああ、そうだな。おばあちゃん、ずっと入院していたからなあ」
「ぼく病院って嫌いだよ。注射とか薬飲まなきゃいけないとか、なんだか匂いも苦手」
「ああ、そうだなあ。おばあちゃんもずっと家に帰りたがっていたから、喜んでると思うよ」
「うん!よかったね!おばあちゃん病気治ったんだね!」
「・・・ああ」
それから、お父さんはなぜだか急に静かにだまっちゃった。
クルマはおばあちゃん家のいちばん近くにある神社の傍を通って、もうすこししたらおばあちゃん家だ。
早く着かないかな。いつもおばあちゃん家につくとおいしいりんごジュースを出してくれる。
「よーし、ついたー」
お父さんがクルマのハンドルをぐるぐる回してクルマを止めた。クルマを降りておばあちゃん家の門を開けてお庭を歩いている時に気づいたけど、草がボウボウに生えてる。おばあちゃんずっと病院にいたから草むしりしてないんだ。また草むしりのお手伝いするのかな。
「ピンポン押すのは僕だよ!」
「ああ、はいはい。じゃあどうぞ」
僕はこの前来たときからピンポンに手が届くようになったから、絶対にこれは僕が押したかったんだ。
僕は背伸びをして、人差し指でグッとボタンを押した。
ピンポーン
音が鳴って少ししてからドアがあいた。
出てきたのは、おばあちゃんじゃなくて、マキおねえちゃんだった。お父さんのお姉ちゃん。本当は僕の“おばさん”だけど、“おばさん”って呼ばせないって言われてる。
「あら、トモくん久しぶり—!また大きくなったねー」
マキおねえちゃんは手のひらで僕の頭をなでた。
「よお、悪いね、いろいろまかせちゃって」
「ううん、へいき、それより早く上がって。ばあちゃんよろこぶよ。トモくんと合いたがってるから」
お父さんと僕は靴を脱いで上がった。
いつもは、おばあちゃんが先に必ず玄関の所で僕の頭を撫でるんだけど、今日はお部屋にいるのかな。
玄関を上がって、お部屋のドアを開けると、奥の方から小さな声でおばあちゃんの声が聞こえてきた。
「・・・トモくん?」
声の方を見ると、おばあちゃんが部屋の奥にあるベッドの上で身体を起こしてこっちを見ていた。
あれ?おばあちゃん?なんだか、顔が小さくなった?
「あらあら、トモくん、いらっしゃい」
おばあちゃんはベッドの中で笑顔で手を出して僕のことを呼んだ。
その手がすごく白くて、細かった。
僕はすこし驚いちゃったけど、なんだかおばあちゃんに悪い気がして、気がつかない振りをした。
「おばあちゃーん、きたよー」
僕はおばあちゃんのベッドに歩いて近づいて、おばあちゃんが触れるすぐ側にきた。
おばあちゃんの手が僕の手を包む。おばあちゃんの手はいつものように温かかった。
「よくきてくれたね、おばあちゃんうれしい」
おばあちゃんの白い笑顔が、少し透き通って見えた。
おばあちゃんの目、少し涙で濡れているみたい。
後ろからお父さんが近づいてきて、僕の方に手をおいておばあちゃんに「よかった、元気そうだね」っていった。
お父さん、本当にそうおもったのかな。僕にはおばあちゃんが、ずっと弱くなっちゃったように見えた。
・・・つづく
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