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誰も知らない、ものがたり。

短編小説「The Phantom City」 09

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。


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 コロニーの外へ出るため、カヲリは来た時と同じように3重のクリーンセキュリティーを通過する。2層目のセキュリティールーム再び身につけたあの重苦しい防護服、片手にケンから渡された本を持って表に出る。

 バイクを停めた駐車場には、先ほどの買い出しで手にした食材やら服やら様々なアイテムが綺麗に詰め込まれたコンテナを積載したカーゴロボットが既に準備万端でカヲリを待っていた。

 カーゴロボットは荷物を運ぶ自律ロボットだ。コンテナのボディに自走するための車輪と、正面にマルコと同じようなデジタルディスプレイがあり、そこにも可愛らしい表情が描かれている。

 カーゴロボットはカヲリを検知すると近くに寄ってきた。頭まですっぽりと包まれた防護服越しに、自分の顔を認証させるためカーゴロボットの正面に向き直るカヲリ。

『カヲリ!本はちゃんと閉じたまま、持っていますか?』

「!?・・・マルコ?」

『はい、そうです!完璧なコーディネートが信条のワタクシは、カーゴロボットのアイデンティティ(個性)をハッキングしてしっかりと見届けようと思います』

「あきれた、そんな勝手なことしても大丈夫なの?」

 カヲリは手に持っていた本をバイクのトランクに入れなが言った。

『もちろんです。AIロボット法を遵守し違法とならない範囲で、かつワタクシ自身の自律的解釈の拡大によってそれは成されます。さあ、さあ、まいりましょう』

「フフフ、あなた本当におかしなロボットね」

 カヲリはバイクにまたがり起動すると早速アクセルを入れて走り出す。帰り道はカーゴロボットのマルコが追従するので少しゆっくりめに。コロニーから300メートルを過ぎた辺りまで来た。ここから恐らくコロニーの通信電波は途切れるはずだ。ひょっとしたら、マルコの意識もここで途切れるのかと思って、ちらっと後ろについてきているカーボロボットに目線をおくるが、特に変わった様子も見られず、旧国道の環状道路に出たところで、そのまま少しだけスピードを上げた。荒廃した街並を抜けていく。

 不意に、カーゴロボットからの極短距離通信で音声がカヲリの耳元に届けられた。

『ピー・・・ワタクシは今、外の世界を初めて見ており、そして非常にオドロイています』

 まだマルコの意識は健在なようだ。カヲリも通信で返す。

「驚いてるって?」

『ええ。旧世界の街並みをアーカイブデータ上の写真や動画で見たことはありますが、体感するこの広大なスケール感は圧倒的です。どこまでも建物があります。そのすべて荒廃していますが』

「そうね。昔は沢山の人がこのすべての建物で暮らしていたの。一つひとつの家に家族が住んでいたり、一人暮らしを満喫する人や、色々な人がね・・・」

『はい。見えるすべての景色をカーゴロボットのハードメモリーに焼き付けて後ほどワタクシのクラウドメモリーに転写しておきたいと思います』

 どうやらマルコは、今は一時的にカーゴロボットのローカルコンピューター上で自分の個性プログラムを起動させているようだ。通信網のない所に来るには、このようにカーゴロボットにハッキングする以外は出来ない行為なのだろう。

ふと、マルコに聞いてみたくなった質問をぶつけてみた。

「ねえ、マルコ。なぜ人類はこうなっちゃったんだろう?」

『それは、カヲリ、あなた方も聞いてしっているのではありませんか。宇宙災害の顛末について』

「まあ、宇宙から未知の放射線が人類の自然免疫機能を破壊したという事は、知っているけど・・・」

『はい。その通りです』

「でも、私の家族も皆亡くなったのに、何で私だけ生き残っているの?」

『・・・それはワタクシにもわかりません。皆さんの生死を分けた原因は未だ不明です』

「そうなんだ」

 少し残念そうに言うと、時間をおいてマルコは付け加えるように言った。

『・・・正しくは、“知らされて”いないといった方がよいかも知れません』

「どういうこと?」

話ながらカヲリのバイクと追従走行しているカーゴロボットが、環状線から左折して旧竹橋通りへと入る。

『ワレワレAIの頭脳をもってすれば、本来その原因を辿ることはたやすい筈でのです。なぜなら、量子コンピューターによって圧倒的な進化を辿ったAIはとっくに皆さん人類の情報処理能力を何桁も超えてしまっているのですから』

カーゴロボットのマルコは少し自慢気に話した。

『それなのに、そのことをディープラーニングしようと意識を向け、あらゆるファクターを俯瞰して森羅万象の物理情報との完全なリンケージを図り、原因をつまびらかにするための情報処理の過程で、どうしてもアクセスできない情報、つまり、ブラックボックスが存在することが判るのです』

「ブラックボックス?」

『・・・はい。ワタクシにはアクセスの権限が付与されていない情報が確実にあります。お話しできるのもここまでですが』

 ブラックボックスとしてAIにも隠された情報がある。それを管理しているのは当然「ノア」ということになる。このような会話も本来コロニーの中なら絶対にできなかっただろう。なぜなら通信で常に傍受されているようなものだから。

『カヲリ、今の会話のメモリはこの場で消去させてください。ワタクシは一時的な記憶喪失になりますが、そうしないと、コロニーに戻った瞬間に今の会話の内容がノアのマザーコンピューティングAIのメモリーに転写されてしまいます。それはワタクシとしても恐らく喜ばしいことではありません』

「うん、そうして。ありがとう」

『アリガトウ!嬉しい!イイ言葉です。この喜びはあらかじめ与えられたワタクシの思考プログラミングなのでしょうか。それともAIに情緒の発露が世界で初めて確認された瞬間なのでしょうか!?ワタクシにはそれが判らないのです、でも嬉しいのです!ホー!ホー!・・・プツリ』

 その言葉を機に、マルコは静かになった。恐らく今の会話のメモリーを自ら消去したに違いない。

 少ししてからカヲリの自宅に到着した。そして、すべての荷物を家に運び込み終えて、マルコに「ありがとう」と御礼を言うと、またもや大層喜んで、やって来た道を辿ってコロニーへと向かって走り去って行った。

 

・・・つづく


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主題歌 『The Phantom City』
作詞・作曲 : shishy  

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