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誰も知らない、ものがたり。

短編小説「The Phantom City」 11

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。


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 ————カヲリが手紙を読んでいるその頃、ケンはコロニー内の地上街区にある集合住宅の自室で仕事終わりのシャワーを浴びていた。

 働く必要の無いこの新世界で、自ら志願してノア・メンバーになり仕事を得たのは、この団体に対する心の底からの敬意と憧れがあったからだった。

 沢山の人が宇宙災害を端に発して免疫を失い、亡くなっていったこの世界に、救世主として現れた有志のテクノロジスト集団。今はもう亡くなってしまったが、その発起人である量子コンピューターを用いた人工知能研究の権威レオナルド・トーマス博士は、旧世界からその温厚で聡明で平和を愛する人柄を知られ、多くの尊敬を集める立派な人だった。

 ノアは世界の残されたあらゆる有形・無形のリソースへのアクセス権を臨時の世界会議で認められた彼らは、破竹の勢いで新世界の構築を成し遂げていった。「マザー」と呼ばれるAIと主立った自律ロボットが創られると、優秀なロボット達が指数関数的に次々と生み出され、世界各地に分散型コミュニティとなるコロニーを自動的に建設していった。

 そして、宇宙災害で生き残った人たちを無償で救い、食料や衣料にはじまり、生活に必要なあらゆるものを分け隔て無く与え、安全を確保し、コロニー内での自由な人生を約束したのだ。

 ノアの創設に立ち上がった初期メンバーとなる科学者やエンジニアの総数はたったのレオナルド博士の他、50人ほどだと聞いている。彼らはの殆どは今もノアの意志決定を担う会議体の構成メンバーとなっている。世界各地に散らばる最上級エリートのテクノロジスト達。

 ケンは純粋に彼らの役に立ちたかった。両親、弟、妹を順に失い独りとなった自分が、これから生きていくための全ての希望を与えてくれる、一点の曇りもない輝かしい存在。それが「ノア」だった。

 —だが、それも1年ほど前までの話。

 今は残念ながら少しだけ違う。憧れてメンバーに加わり、これまで自らもその職務に大きなやりがいを感じながら従事してきたことに嘘も偽りもない。ノアそのものには今も感謝しているし、その一員であることを今も誇りに思う。しかし、50人の初期メンバーの中でも特にマザーAIを統括する中枢グループに対して、拭いきれないある疑念が、1年ほど前を境に生じてしまったからだ。

 ノアにおけるケンの仕事はこのコロニー内のオートメーションシステムの保守管理という名目で日中は基本的に管理センターでコロニー全体のロボットを含む自律システムに問題が生じていないかを管理しながら、時折街区に出て見回りを行う。

 ただし、殆どの場合は何か一部に不具合が起こっても、それを修復するAIロボットが自律的に直してしまうので、人間の役割は殆ど無いといっていい。それでも、AIロボット法の名においてシステム管理者は必ず必要なのでそのポストに複数人あてがわれているという状況だ。なので、基本的には時間が余るので、もう一つ与えられている役割がある。

 それは、人々のコロニーでの暮らしに有害と思われる情報の“適正な管理”。コロニー内の住人は当然様々な娯楽も用意されている。ネットの動画配信も最近では非常に盛り上がっていて、旧世界のそれ以上に高性能な配信用の機器やスタジオ設備が自由に使い放題であるために、有志でかなり洗練されたプログラムが動画で配信される。それぞれ好き勝手な内容を配信することもあり、基本的にはAIによる内容チェックが自動で行われるのだが、どうしても高度はユーモアに隠された風刺などをAIが全て判断出来ない部分がある。そのグレーで曖昧なものとして“引っかかった”ものを、人の目で判断・監視、場合によっては警告や制限をするということだ。

 動画配信だけではなく、個人のブログやSNSの発信というものは新世界でも盛んだ。情報の流通量は圧倒的に少なくなったが、それらも同様に人の目が必要だ。

 また、このような時代なので、バーチャル世界でのコミュニケーションも多彩だ。特に、全世界のコロニーで暮らす人たちがそれぞれのアバターをもって参加する「サードライフ」と呼ばれるコミュニティアプリは利用登録者がここのところ急増しているため、このバーチャル世界の中も、世界各地のコロニーで働くノア・メンバーたちが密かに巡回をするという事態になっている。

 最近ではそのためノア・メンバーを追加で募集することも以前より頻繁になった。もっとも、報酬という概念が無いこの世界で働き手を確保することは難しく、当初は中々人が集まらなかった。しかし、このバーチャル世界で使える仮想の報酬(ようするにゲームの世界のお金)を報酬として支払うという条件で応募をかけたら、急激に希望者が増えた。バーチャル世界で人々は何かしらで働き、報酬を得ることにやりがいを感じるという、旧世界懐古の価値観が爆発的な人気を呼んでいるのは、どこか皮肉なことだ。

 話はそれたがこれらはコロニーをとした新世界の公序良俗を保つための正しい行為であり、情報統制ではない。このように働かなくていい世界であっても、いざこざや犯罪は起こるし、それらの芽を摘む行為でもあると聞かされ、従事してきたのだった。

 しかし、1年ほど前、いつもと同じようにネット巡回パトロールを行っていた時、あの不思議なサイトに辿り着いた。

 そして、そこからケンの中に生まれたある疑念によって、ノアの上層の一部に対しての信頼を、徐々に揺るがせることになったのだった。

 

・・・つづく。


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主題歌 『The Phantom City』
作詞・作曲 : shishy  

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