ふと空を見上げると、茜色の空に浮かぶ雲の一つが、子供の頃、そう思ったように、大きなクジラに見えてきた。
河原の土手に寝転がって空を見上げながら、大きなクジラが悠然と空に浮かぶ様子を雲に見て想像し、楽しい気持ちになったことを思いだす。
あの頃、空がとても大きく感じた。
身体が大きくなるにつれて、そのように感じなくなる。
大学に入って、自分の生まれ故郷から少し離れたこの東京にひとり暮らしを始めてからは、特にそうだった。
人の多い都会では空を見るような気持ちから遠く離れてしまう。高いビル達は、ただでさえそんな都会馴れした自分の視界から、空を遮ってそびえていた。
でも、この屋上にいると、少しだけ昔見た空の大きさを思い出せるような気がする。
だから、子供時代の夢でも見たのだろう。
そのおばあちゃんとの思い出の中で、ずっと忘れずにいる言葉があった。
『人は、涙を忘れてはいけないのね。』
おばあちゃんは、自分の身体の具合が、あと少しで命が尽きようとするほどの中、涙を流しながら父親に向かってそう言った。
その涙はなんというか、とても綺麗で清々しいもののように、子供ながらに思った記憶がある。
痛いとか、つらいとか、苦しいとか、そういう感情で流す涙ではなかった。また、逆に、うれしい、楽しいという感情の現れとも言いがたかった。
それら全ての感情を越えたところで、懸命に生きてきた人の日々の暮らしで少しづつ醸造されたものが、自然と発露しあふれたかのような美しい水滴。
そんな涙を両目に湛えながら、おばあちゃんは言った。
さっき転んで泣いてしまった子みたいに、小さな子供は痛い思いをしたり、大人から怒られたら、涙を流して泣く。
自分もそうだったと思う。
でも、大きくなるにつれて、涙はなかなか出なくなる。
大人になるほどに、我慢強くなるからだろうか。
それとも、ただ、鈍感になっていくからか。
今、自分が小さな子供だったら、大学4年の夏に内定の一つももらえずに、かといって、前向きに就職したい職業もこれといって思い当たらず、もやもやとした気持ちと時間を持て余しているこの自分の状況がつらくて、うえーん、と泣き出していただろうか。
そのように他愛もなくあてのない思いにふけりながら、少しずつ暮れていく空と頬を撫でる風に、どこか気持ちを紛らわしてもらっている自分がいた。
このままではだめだ。それは判っている。でも、どうしても就職に前向きになれない自分。
居酒屋でのアルバイト仕事は、最初はつらかったけど、今は好きだ。
怖い店長の説教の中にも、良い店をつくりたいという志と、プライドのようなものがあるということがよく判った。
自分もその店長の思いに応えようと、一生懸命に働くようになった。少しずつ褒められることも多くなり、新人をトレーニングするようにもなった。
例の、店長が啖呵を切って本部の人とケンカをした事件から半年後には、店の売り上げは本部の人間の予想を裏切って右肩上がりとなり、本部も店長のやり方を認めざるを得なくなったとかで、アルバイトながら自分にとってもうれしく、誇りとして感じられた。
仕事を通じて生き生きと出来る人間関係がそこにはあった。
その店長に、一度だけ、就職活動について相談したこともあった。
その日は、午前中にようやくこぎ着けた企業の採用面接で見事に失敗して意気消沈してた時の事だった。
だから、私は心の何処かで、店長から「おまえはよくやっている」とか「なんならうちで働かないか?」といった、自分を思いっきり肯定してくれるような言葉を期待していたのかもしれない。
でも、店長はそんな私の心を見透かしたように「甘い」とか「視野が狭すぎる」とか「もっと世間や企業の気持ちを考える」とか「数年後の自分を見ろ」などと、傷口に塩とレモンを刷り込むような、手厳しい説教をくらってしまった。
はあ、とため息を吐き出し、私はその場で立ち上がった。
何の答えも出ないまま、今日も夜を迎えるのだろう。
そしてまた明日が来る。
もう、家に帰ろう。
・・・つづく
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