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赤焼けた西日がまぶたを通して視神経を刺激する。突然の眩しさに戸惑うように、目を細く開け、首を左右に振りながら周りを見た。
気がつくと私は、とあるビルの屋上のデッキの中程にあるベンチ状の腰掛けスペースに、横になって寝そべっていた。
どうやら、私はここでうたた寝をし、夢を見ていたようだ。
その夢は、子どもの頃の脳裏に焼き付けられた光景。鮮明な記憶の再生のような夢だった。
おばあちゃん家に泊まって花火をした、あの日のこと。病気だったおばあちゃんは、私と父が帰る朝はとても明るい笑顔で送りだしてくれたが、それから2週間も立たないうちに容態が急変し、そのまま帰らぬ人となった。
末期のガンだったことを、後から父に聞かされた。
私は目をこすりながら、ベンチに寝そべったままでいた身体を起こした。
目を見開くと、頭上には茜色の空が広がり、地平線の程近く、オレンジ色の夕陽を放つ太陽が、多くのビルが立つ街並にたくさんの長い影をつくり出していた。
髪の毛を少しなびかせるほどの風が、寝ぼけまなこの私の顔を心地よく撫でた。
ふと、背中から小さな子どものはしゃぐ声が聞こえた。そのまたすぐ後から女性の声。恐らく子どもの母親だろう。「ほら、あぶないから気をつけなさい」と子どもをあやすように言う。
構わずに走る小さな子どものバタバタという足音と、笑い声がこちらにどんどん近づいてくる。
後ろを振り返るとすぐに、駆け足でこちらの方に向かってくる小さな男の子の姿が目に入った。顔は後ろにいるお母さんの方に向けられていて、自分の走っている先の方角も、足元さえも全く見ていない。
このビルの屋上のデッキ部分は、その他のコンクリートの地肌が広がっている部分と3㎝ほどの段差があった。
私が「あっ」と声を出した時には、その走る男の子の片方のつま先がそのデッキの段差に見事につっかかり、バランスを崩してデッキ部分に前から倒れてしまった。べちん、と音を立てて突っ伏す男の子。
時間が止まったように、男の子はうつ伏せのまま固まっている。
私は思わず「大丈夫?」といって男の子の顔をのぞき込もうとしたと同時くらいに「うえーん!」という声出してくしゃくしゃにした顔を上にあげた。
半分心配し、半分呆れた様子のお母さんが駆け寄ってきて「もう!だからあぶないっていったのに!」と言ってその子を抱き上げた。
男の子は、母の腕に抱かれ、なお泣いていた。
お母さんは私の方に向かって「すみません」と言い、私は「いえ、大丈夫ですか?」と返す。
「ええ、いつものことなので」といって困り顔で笑いながら、会釈をして少し離れた場所の自分の荷物が置いてあるベンチへと子どもを抱えて連れて行った。
抱きかかえられて戻る途中に、もう男の子は泣き止み、赤い顔に流れた涙を自分で拭きながら、口を尖らせていた。
この時ようやく、今の私がいるこの場所のことを思い出した。
大学の授業が終わって、居酒屋のアルバイトもない日の夕方、いつも私は家に帰る途中にあるこのビルの屋上で、空と街並を眺めるのが好きだった。近くには川も見える。
今は大学4年生の夏。普通のまじめな生徒はだいたい就職活動も終わりを向かえ、そろそろ内定がいくつか出始めている頃のはずだった。
私には、その内定は、未だ一つもない。そもそも、就職活動自体に特別な熱意を持って取り組んでいたかというと、そうは言えない。
漠然とした将来への不安を思いながら、自分のこれから歩んでいく道の見通しというものが全くイメージが出来ずに、いたずらに時間をもてあましている、そんな大学4年生だった。
・・・つづく。
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