※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
カヲリはマルコのガイドに従って、地上街区の街中を歩く。
すれ違う人々の様子はいつもと変わらない。少し風変わりな外の人間として遠目から見られる視線には、もう慣れきっていた。
住む場所、食べもの、着る服、便利な日用品に趣味嗜好品。全てを与えられ、何不自由なく暮らせるコロニーに暮らす人々。外からコロニーに移り住んだ最初の頃は、様々な便利な暮らしのサービスと引換えに受け入れる必要のあったAIに対する様々な個人情報の提供に少なからず抵抗感はあったに違いない。
それでも、毎度、サービスを受ける度に個人情報の提供についての“承諾”を自分で行うことがいつしか面倒になり、以降はオートで自動認証する設定に自ら変更してしまうそうだ。それほど、便利で、楽で、何不自由ない生活にどっぷりと浸かり、いつしかそれが当たり前のこととして、人々の表層意識に定着していた。
マルコの後を歩くカヲリは、そんなコロニーでの生活よりも、ケンが手紙に書いて寄こした外の世界にある『Quiet World』という場所に、今とても心引かれる思いでいた。
気がつけば、噴水のある公園がもう目の前だった。
『ケン!カヲリをお連れいたしました、ウフフフ!』
近づくカヲリに気がついて立ち上がったケンに、マルコは大きな声を掛けた。その声は本当に楽しくてしょうがないという様子だ。
「カヲリ!来てくれたんだね、嬉しいよ!」
ケンは安堵の表情を浮かべてカヲリに近づく。
『ヒュー』と口笛のような音を出してスッと二人の間からその身をずらすマルコ。ずいぶんと古くさい反応のプログラムがあったもんだと、思わず苦笑いするカヲリ。
ケンも少し照れくさそうに笑った。こういう設定にせざるを得なかったという状況を差し置いても、カヲリを前に何だか面映ゆい。
「うん。手紙、読んだよ」とカヲリのひと言。
「うん」と頷くケン。二人は目を合わせる。
そのやりとりだけで、二人はお互いの意志を確認できた。
二人はコロニーの中と外という異なる境遇に暮らす身だが、それぞれのいつもの日常の世界から、まだ見ぬ場所へと旅立つのだ。そう、この新世界に隠された真実を求めて。
『フォおおおー!これが目と目で通じ合うっていうヤツですネ!素晴らしー!何という美しいやりとりでしょう、これが人間!AIであるワタクシはちょっと憧れちゃいますー!』
そんなシリアスな局面で、まるでのぼせ上がった場違いなコメントを挟むマルコに、また笑わされてしまう二人。
「カヲリ、ここじゃなんだから、少し、お茶でものまないか」
「あ、うん、いいね」
それを聞いてすかさずマルコが間に割って入る。
『はい!お待ちしておりました!今コロニーで大人気、フランスの超有名パティシエであるピエール・リニャックのノウハウを完全に再現したAIロボット、アイ・ピエール03が営むカフェヴェルベットのプライベートルームをご予約しておきました!』
「さすが、気が利くねマルコ、人気すぎて中々入れないカフェのさらにプライベートルームとは」
ケンはわざとらしくマルコにウインクをする。
『ウフフフ!またまた、一緒に準備を入念に計画したでは無いですか!あ、これはカヲリにはナイショの話でしたね!忘れてくださいね!ささ、こちらです、参りましょう!あ、ちなみにカヲリ、私はずっとお二人に付いて回りますが、これはケンのオーダーでもありますからネ!』
早口でそう言うとマルコはその場を一回転し、方向を変えてそそくさと進み出した。
ケンとカヲリは、笑いながらマルコの後をついて広場から東に向かって歩き出した。
・・・つづく
主題歌 『The Phantom City』
作詞・作曲 : shishy