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誰も知らない、ものがたり。

短編小説「The Phantom City」 13

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。


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 ケンはコロニーでの仕事を通じて知り合った同僚や、親しい友人が何人かいる。その中に、日高トオルという、ケンと同じ二十代前半でノア・メンバーとなった同期の男がいた。

 トオルもケンと同じように家族を失い独り身になりながらもノアに憧れ、メンバーに自ら志願して働いていた。そして、コロニーの中で出会った女性と恋に落ち、若くして結婚をした。

 トオルとその女性との間は、今のこの新世界では珍しいケースとして、結婚すぐに女の子の子宝を授かった。新世界では無事に生きながらえている人々の間でも自己免疫疾患を少なからず抱える人が多い中、同時に女性の妊娠・出産率が旧世界とは比べものにならないほど低下している。そのため、順調な妊娠・出産というのはもはやレアなケースと呼べる状況だった。

 トオルは歓喜し、それから毎日のように臆面もなく子どもの成長をケンに話して聞かせる子煩悩な父親だった。

 しかし、その子が二歳になった頃、それまでは通常範囲内だった自然免疫機能が突如低下してることが明らかになる。そしてコロニー内の保険規定に従って免疫疾患病棟のある地下フロアで親と離ればなれの生活を余儀なくされる事態になった。

 トオル夫妻は突然のことに戸惑い、何度も病院局に再検査を要請してはこの決定事項を覆そうと試みた。しかし、結果は変わらなかった。

 結局その子は半分強制的に免疫疾患病棟フロアへと送られ、親子離ればなれの生活を余儀なくされた。その子の面倒は、完全クリーンルームでAIロボット達が手厚く世話をし、教育も施されるが、実の親子はモニター画面越しで見たり話たりすることしかできない。リアルな面会もできるといえばできるが、隔離室の分厚い特殊ガラス越しで、しかも一日たったの30分しか許可されない。その他は、ずっと画面越しでのコミュニケーションしか行えない。

 病棟での治療が上手くいって自然免疫機能が回復すればまた元の生活に戻れる。そう聞かされてこのつらい生活を1年ほど耐えしのんだ頃。トオルは一向に免疫機能が回復しない我が子の将来を憂い、あらゆる情報ソースから自己免疫疾患に関する知識を、旧世界に遺された論文からネットで転がっている嘘か誠か判らないような情報まで、ありとあらゆるものを読みあさるようになっていた。

 ある時、トオルは興奮気味にケンに言った。

「ケン、聞いてくれ。俺たちはついに希望をみつけたかもしれない」

 そして、トオルはコロニーで暮らす住人にとっては直ぐには信じられないような突拍子もない事を話し出した。

 トオルが言うには、いわゆる「外の世界」に、自己免疫疾患を自ら克服し、防護服なしで屋外を歩ける人たちの集落が存在するというのだ。

 コンクリート製の建物の中にいれば、危険な宇宙放射線の被爆を皆免れることができる。ただし、屋外に出るときは必ず防護服を装着しなければいけないというのが、新世界の常識だった。なぜなら、またいつ宇宙放射線が注がれるか、人類が予め知る手立てがないからだ。仮に宇宙放射線をこれ以上浴びると、今まで生きながらえていた自分の免疫機能が機能不全に陥る可能性が多いに高い。

 旧世界と同じように何の防護もなく日常を過ごすことなんて命知らずな行為。さらには自己免疫疾患を自ら克服するなんて、いまのノアの科学をもってしてもできない事が実現する筈ない。ケンは遠回しにそのような事をやんわりと伝えたが、トオルは聞く耳を持たない。

 さらにトオルは「俺はその集落の人物とコンタクトを取ることに成功した」と声を潜めて言った。

 「俺はその人物に直接会って確かめてくるつもりだ。だからしばらく休暇をもらう」

 そこまで言われてケンはどう返したら良いかわからずにただ黙っているしかできなかった。

 「ケン、言っておくが俺は狂ってなんかないぞ。俺には確かな根拠がある。俺のPCのプライバシーフォルダ内にあらゆるリサーチの記録を残してある。君に見せられないのは残念だが、確信をもって俺は娘の希望を探しに旅に出る。もうこんな生活を黙って受け入れてなんかいられないんだ・・・!」

 真剣な眼差しでそう言う友の瞳に、少なくとも狂気は見て取れなかった。ケンが戸惑うことも承知で、普段から自分の考えを押しつけることに引け目を感じる心の優しいいつものトオルを感じた。

 しかし、トオルはかなり緊張した様子だった。そして、もうひと言だけつけ加えた。

「・・・ケン、もし俺の身に何かあったら・・・俺ではなく、ノアの上層部を疑ってくれるか・・・?」

「・・・どういう意味だ?」

 トオルはそれ以上は言えないといった感じで、首を横に振った。そして、ケンの前から去った。

 その数日後、トオルが外の世界へと旅立つため休暇をとる日取りを聞かされるよりも前に、重度の精神病棟フロアへトオルが収監されたという知らせを聞くことになった。

 

・・・つづく

 


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主題歌 『The Phantom City』
作詞・作曲 : shishy  

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