※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
重度の精神病患者が治療という名の下に収監されるのは各コロニーの地下最下層に近いセクション46と呼ばれる場所だった。
聞いた話ではそこでは重度の幻覚や幻聴、誇大妄想、被害妄想を伴う人格の分離症状、自傷・他傷行為が危ぶまれるような患者に鎮静剤を投与しながら殆ど24時間体制で常時モニタリングされるような場所だ。
最後に会ったトオルの様子は確かに何かに怯えるような緊張感を時折見せていたものの、そこまで精神に異常を来しているようには到底見えなかった。
そしてトオルがケンに対して言った言葉がひっかかって頭から離れない。
『もし俺の身に何かあったら、俺ではなく、ノアの上層部を疑ってくれるか?』
・・・もしかしたら、トオルが知ろうとしていたこと、これから出会おうとしてた人たちが、ノアという組織の一部の人間にとってのタブーであったならば・・・。知ってはいけない何かがそこにある。そして、それに迫ろうとするトオルの様子に気がついた何者かが、その身を拘束した。身動きができないように。これ以上何も知られないように・・・。
このコロニーの中では全てが自由に与えられる代わりに、生活している中での全ての会話や行動も、その時々の生体データと合わせて収集される。法律上は無作為に取得された個人データは基本的にデータは匿名化され、ビックデータの一部として使用されるだけという話になっているが、様々なサービスを享受する代わりにおよその人々は個人データを喜んでマザーAIに捧げている実態がある。
その個人データを使ってより良いサービスの向上を行う等、善意の為にその情報が使われるのならば良いのだが、もしも、ノアの誰かがそれを悪用しようとしたのなら・・・。そう考えると、恐ろしい。この安全と自由の象徴であるノアのコロニーは、悪意のある誰かの勝手な都合によって人を管理するための巨大な鳥かごのようにも変貌しまう。
「しかし、何故トオルが・・・」
その謎をとく糸口が見つかったのは、一週間ほど後の事だった。
彼が話していた、外の世界に防護服無しで暮らし、免疫疾患から解放された人々という話。そして、ケン自身が調べていた謎のサイト「静寂なる世界」。
この二つの結びつきが見えて来たのだ。
ある日ケンは、「静寂なる世界」のコメント欄に隠語を通して、自己免疫に関する"巨大な秘密”というような内容が語られていることに気がついた。
そこに寄せられたコメントを見ると、明らかに複数の人による会話のようにつながった文脈の中で、数々の隠語を読み解くようにしていくと、恐らくは自己免疫のコントロールによる人間の統制といったような内容が語られていた。
「・・・これは」
ケンは直感的に、トオルが言っていた防護服無しで暮らす外の世界の住人と、この「静寂なる世界」のサイトを更新している人物が何かしらの形で関わっている、あるいは、イコールで結ばれるのではないかと思った。
それからケンは自らも覚えた隠語を駆使してサイト宛にコメントを書き、サイトの管理人やそこにコメントを寄せる人々とのコンタクトを密かに試み始めた。
自らコメント欄に参加してみると、これまでよりもより詳しくこのサイトで密かに交わされている会話の中身と関わる人々について判るようになってきた。サイトの管理人はその正体を一切明かしてはいないが、それはコメントを寄せる他の人々も同じだった。全ての人が匿名あるいはニックネームでのやりとりで、誰もお互いの素性を知らないというのがベースだ。ただし、およその者は皆、国内のどこかのコロニーに属している人たちだろう。そうでなければネットワーク環境が内ので、コメントの投稿もできないはずだ。
しかし、やはり管理を始めある数人は外の世界の住人に間違いない。なぜネットワークにつながっているのかは謎のままだ。
コメント欄に参加し出して、ノアやマザーAIにまつわる憶測、いわゆる『陰謀論』と片付けられそうな『管理社会・コロニー(=鳥かご)』や『思想統制・洗脳(=鋳造※型どおりのモノを造ることからの造語?)』といった様々な会話を見たり質問したりする日々が続いていたある日、『自然免疫(=ナチュラル)』についてのやりとりがコメント欄に出たので、流れに合わせてケンは思い切って自分の友人であるトオルの身に起こった顛末を、同じような隠語を用いてコメントしてみた。
すると、すぐさま反応があって、『それはひょっとして武塚地区の鳥かごのtomさんの話ではないか?』との返事がアップされた。武塚地区とはまさに今ケンがいるこの地区だ。そのコメント主によると、しばらく前にtomと名乗る熱心なサイトの読者が"Quiet World”に訪れたいと話していて、その段取りができていたのに、突然連絡が途絶えてしまったのだと。"Quiet World”とは、トオルも話していた、自己免疫疾患を克服した人々が暮らす外の世界に間違いない。
ケンは『恐らくそれに間違いありません。私も武塚地区の鳥かごの中の者です』と返信すると、さらにコメント欄が沸いた。——やはり、噂は本当だった——そのようにして外の世界の真実を知るとする者は闇に葬られる——などと様々なリアクションコメントが重なった。
その中に、とりわけ目を引くコメントがあった。
『あなたは武塚地区にいるのですね?もしかしたらとお尋ねします。カヲリという名を持つ20代の女性を知りませんか?』
・・・つづく
主題歌 『The Phantom City』
作詞・作曲 : shishy