誰も知らない、ものがたり。

巡りの星  05

 それからおよそ30分、橋爪部長は新たな新規事業の構想を私たちに語った。
 従来の広告代理店の従来業務とはおよそかけ離れた内容で、親会社の量子コンピューティングのAIによる統合型パーソナルナビゲーターの開発に、我々の会社がコミュニケーションロジックの専門チームとして携わり、複数の臨床心理学のスペシャリストと共にAIの新たな人格形成と、対人コミュニケーションプロセスの改善・適正化を図るという内容だった。
 既に水面下では量子コンピューティングのAIによる統合型ナビゲーションの開発競争が大企業で活発化しつつあり、親会社としてもグループリソースを最大限投入しながら、これに乗り遅れないよう、経営計画の目玉として捉えて進めていくという話だ。その立ち上げのワーキングのメンバーに、アサダさんと私を入れようと考えている、ということだった。

 私もアサダさんもすっかり橋爪部長の話に引き込まれ、夢中になっていた。特にアサダさんなんかは、時折、一生懸命に話す部長の顔に見とれるようにして、半分陶酔状態のように見えた。
 私は、それにどこか嫉妬するような複雑な気持ちを抱えた。なぜなら、アサダさんは私の”憧れ”の上司だったからだ。アサダさんはボーイッシュなショートカットにカラッとした男勝りの性格が目立つが、顔立ちはとても丹精でどうみても美人だった。そして、仕事への責任感もつよく、厳しい反面、面倒見が良くて、色んな身の上話の相談にも乗ってくれた。そのギャップに、私は人知れず恋心を抱いていた。誰にも、打ち明けたことは無いけれど。
 部長のまっすぐな瞳を向けられる度に、そんな事は今考えている場合では無いと、思いを振り払おうと、ひそかに気を揉んだ。
  
 話を聞き終えた私とアサダさんは橋爪部長から機密事項として社内の人間は勿論、家族にも口外しないよう、念を押された上で、会議室を後にした。私とアサダさんは、それぞれのデスクで残りの業務にとりかかり、定時を目前に控えた頃には、既に社内には二人しか居なかった。今どきは殆どがテレワークが主流で、重要な会議でも無い限りは会社に立ち寄ることも少なくなっている。 

 「橋爪部長のお話し、なんだかすごい話でしたね。」
 私は仕事を終え、デスク周りを片付けながら斜め前のデスクにいるアサダさんに話しかけた。

 「そうね、超骨董品のような印刷物の制作から、最先端の量子コンピューターのAIの開発って、私たちの業務、どんだけ範囲が広いのかしら」
 アサダさんも同じく業務を終えて、自分のデスク周りを片付けていた。
 二人ともお互いの様子を確認し、そのまま、自然な流れで一緒に会社を後にした。

 エレベーターを待つ間、私はアサダさんに、少し勇気を出して、わざといたずらっぽく話しかける。
「アサダさん、さっき、橋爪部長の話を聞きながら、何だかぽーっとしてませんでした?」
アサダさんは少し顔を赤らめながら返す。
「ちょっと、何が言いたいのよ。」
「いや、なんかその、素敵な上司に恋する乙女のような?」

エレベーターが到着し、扉が開いた。中には誰も居ない。二人でエレベーターに乗り込む。

「もう!変なこと言わないでよ」

私は笑いながら、エレベーターのボタンを押し、扉を閉める。
扉が完全に締まり、エレベーター内で二人きりになったアサダさんに、冗談を詫びようとしたその瞬間、自分の腕にアサダさんの手が伸びる。

(えっ?)

「やだ、ねえ、ひょっとして妬いてるの?」
アサダさんの二の腕が、私の腕に絡みつく。そのままアサダさんが私に身体を預け、二人はエレベーター内で密着した。

「・・・!ちょっ、あ、アサダさん!?」

驚いてアサダさんの顔を見る。その目はすごく可愛らしく、いたずらっぽく、それでいて、とてもよく潤んでいた。そう、さっき橋爪部長に向けられた瞳よりも、ずっと。

「ほら、定時を過ぎたら、上司と部下はもう終わり。彼氏と彼女になるんだって、トモくんがいったんだからね」

(と、と、トモくん・・・!!?)

 
・・・つづく
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