私はなるべく怖がらせないように、距離をとったまま、小さなアサダさんの目線にしゃがんで話した。
「あ、いや、その、たまたま通りかかっただけなんだけど、君みたいな小さい子が、たった一人でどうしたのかなって・・・」
そこまで言ったときに、小さなアサダさんの目線が私の後方に向けられた。
私の後ろを追うように、ゆっくりと近づいてきたヒカルがそこにいた。
「迷子に、なっちゃったのかな?」私の横に並び、同じようにしゃがんでヒカルは問いかけた。
大人の男一人ではなく、女性が加わったことで、いくらか緊張が溶けたのか、小さなアサダさんは口を開いた。
「うんとね、はじめはみんなとここで遊んでたの。いつもここで遊ぶんだ。・・・だけどね・・・うんとね」
小さなアサダさんは何かはっきりと言いにくそうな感じで、もじもじとしていた。
「だけど、どうしたのかな?」ヒカルが優しく促す。
「・・・うんと、もう遅いから、みんなお家に帰っちゃうんだけど、あたしは、まだ帰りたくないの」
私はヒカルと目を合わせると、この先は私から聞くようにと、目配せしてきたので、会話の流れを引き取って聞いた。
「そうか、でも、あんまり遅いと、お父さんとお母さん、心配するんじゃないかな?」
「・・・あたしに、お父さんとお母さんはいないの。おじさんとおばさんのおうちにお世話になっているの」
私はその言葉を聞いて驚いた。そのような、アサダさんの身の上話を聞いたことは、今まで一度もなかった。
「どうして・・・」ーお父さんお母さんはいないの?と聞こうとした私の腕を横から掴んでヒカルがそれを制した。
そして、小さな声で私に耳打ちするように言った。
(父親は、出産を間近に控えた奥さんを残して、欧州のある国で無差別テロに遭い、命を落としたの)
思わず目を見開いてヒカルを見た。そして、追い打ちをかけるような事実をヒカルは口にする。
(そして、失意の中アサダさんを出産した母親はもともと病弱で、産後の経過が悪くそのまま亡くなってしまったのよ)
私は文字通り言葉を失った。つまり、アサダさんは物心ついたときには両親を失っていたのだ。おそらく、目の前にいる小さなアサダさんは、そのような詳しい話はまだ聞かされていないだろう。小学校の低学年頃に見える。
私は動揺を隠しながら、努めて平静を装って、聞き直した。
「そうなんだね・・・。わかった。そしたら、お家にいる、叔父さんと叔母さんが、やっぱり心配するんじゃない?」
その言葉を聞いた小さなアサダさんは、口を結んで下を向いてしまった。ひょっとして、叔父さん叔母さんが怖いのだろうか。
「・・・家に帰るのが、怖いの?」
言葉を選んで聞く私の言葉の意味が判ったのか、小さなアサダさんは首を振って答える。
「ううん。今度のおじさんとおばさんは怖くないよ。前のおじさんとおばさんはいつもケンカしててものがとんでくるから怖かった」
どうやら、この小さな小さなアサダさんは、すでに親戚の家を少なくとも2カ所、渡り歩く形で世話になっているようだ。
「でも、あたしがいるとジャマになっちゃうみたいだから、帰りたくないの。ゆうやくんがそう言ってた」
「ゆうやくん?」
「うん、おじさんおばさんの子ども。あたしのひとつ上の男の子だよ」
実子の男の子がいるのか。小さなもの同士、物心がついた矢先に、なんて酷いことを言うのだろう。
「だから、帰りたくなくてこの公園にいるんだけど、そしたら、いつも本当にここから帰れなくなっちゃうの。・・・ほら!」
そういって、小さなアサダさんは急にブランコから降りて立ちすくみ、怯えたように周りを見渡す。つられるように私とヒカルも周りを見ると、先ほど目にした街並とはうって変わった光景が目に入った。暗澹とした夕闇。小さな街灯がポツンポツンと寂しげに立ち並び、わずかに周りの道と建物の外壁をおぼろげに照らしている。そして、同じような街路が、周りにいくつも伸びていて、それらは一体どこまで続いているのか判らないくらい、奥の方までつづいていた。
「こ、これは一体・・・!?」私は慌てて横にいるヒカルに向かって話しかけると、そこにつらそうな顔でうずくまるヒカルの姿があった。
「・・・ヒカル!?」
・・・つづく。
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