結果が怖いから医者に行かない、医者が嫌いという人がいる。
大災害のことを考えると怖くなるから、考えない、というのに似てるのかな。
難病は自分はかかりたくない、かからないと信じたい。かかっていても知りたくない。
こういう感覚って、私には全く分からないし、無責任だなあ、とも思う。
赤の他人なら、脳天気なこといってるよ、で済むのだが、これが家族や親族となるとそうも行かない。
病気の予防のために、食生活に気をつけたり、運動したりという健康管理はだれでもできる。
でも、それでも病気になることはある。
体調が悪くなってくると、だれでも「おかしいな」と思う。しかし、怖がりさんはそこから医者に行って診てもらおうとはしない。
「医者にどんな怖いこといわれるか、嫌だから」行かないのだ。
なぜなんだ。
早期発見が病気の最良の解決法なのに。もしかしたら、薬で簡単に治るかもしれないのに。
医者に行かないでいると、悪くなることのほうが圧倒的だと思うのだが。
自然治癒もあるが、加齢とともにそれは少なくなる。
絶対に時間が解決することではない。
まず、医者に診てもらい、病気かどうかはっきりさせる。
病気ならば、治療法を聞く。
難病だったら、さらに病気に関する情報を集める。セカンドオピニオンを手に入れる。
・・・病気になってしまうと、それに伴う労力、精神的圧迫、金銭的な問題、いろいろ問題は山積してくる。
怖がりさんはそれが嫌なのかな。
でも、それ(病気)を放置して困るのは、自分だけじゃなく、家族もなんだと考えれば、自然と自分の体がどうなっているのか知りたくなるはずじゃないのか。
無責任だ。
なんでこんな話を書くかというと、義理の母が医者嫌いなのだ。
体調が悪そうなので、医者に行って診てもらえば、というと、「怖いから嫌だ」(子供じゃありません)。
「注射とかいや」、「痛いのはいや」(子供ではありません、くどいですが)。
別に病院に行けば必ず痛い目にあうわけでもない。
健康診断(人間ドック)に行けば、といっても笑ってごまかす。
それなのに、日本テレビの「思いっきりテレビ」とか見て、○○が体にいいらしい、などという情報を聞いて、買ってきたり。
義父が早く医者にかからないで先延ばしにしたあげく、ガンで死んでしまったのに。
自身も入院時の付き添いで、ずいぶん大変な思いをしてきたはずなのに。
同じことを自分が繰り返すかもしれないとは、思わないのか。
別に私はペシミスト(悲観論者)ではない。むしろオプチミスト(楽観論者)だ。
病気になっても、治る可能性が必ずあると思っている。そのためには常に体のことも考えたほうがいいと思っている。
先のことを悲観的に考えているのではなく、最善を尽くしておくべきだと考えている。
そうすれば自ずと最善の道が開けると。
それが最終的に治癒しない病気であっても、軽症に快癒するかもしれないし、死に至ったとしても、痛みや苦しみの期間が少なくなるかもしれない。
自分の体を良く知っておけば、家族に余計な心配をかけずに済むこともある。
私はとにかく、自分の体に責任を持っていたい。家族のためにも、体のことだけではなく、全てにおいて無責任な放置はしたくないのだ。
人はいつかは死ぬ(「縁起でもない」という人もあるだろうが、厳然たる事実)。そのときはどんなにじたばたしても、自分のことに責任を取れないのだから、生きてるうちは責任持ってやっていこうよ。
夫がこれを読むかもしれないけど、怒らないでね。ほんとにそう思ってるんだから。
大災害のことを考えると怖くなるから、考えない、というのに似てるのかな。
難病は自分はかかりたくない、かからないと信じたい。かかっていても知りたくない。
こういう感覚って、私には全く分からないし、無責任だなあ、とも思う。
赤の他人なら、脳天気なこといってるよ、で済むのだが、これが家族や親族となるとそうも行かない。
病気の予防のために、食生活に気をつけたり、運動したりという健康管理はだれでもできる。
でも、それでも病気になることはある。
体調が悪くなってくると、だれでも「おかしいな」と思う。しかし、怖がりさんはそこから医者に行って診てもらおうとはしない。
「医者にどんな怖いこといわれるか、嫌だから」行かないのだ。
なぜなんだ。
早期発見が病気の最良の解決法なのに。もしかしたら、薬で簡単に治るかもしれないのに。
医者に行かないでいると、悪くなることのほうが圧倒的だと思うのだが。
自然治癒もあるが、加齢とともにそれは少なくなる。
絶対に時間が解決することではない。
まず、医者に診てもらい、病気かどうかはっきりさせる。
病気ならば、治療法を聞く。
難病だったら、さらに病気に関する情報を集める。セカンドオピニオンを手に入れる。
・・・病気になってしまうと、それに伴う労力、精神的圧迫、金銭的な問題、いろいろ問題は山積してくる。
怖がりさんはそれが嫌なのかな。
でも、それ(病気)を放置して困るのは、自分だけじゃなく、家族もなんだと考えれば、自然と自分の体がどうなっているのか知りたくなるはずじゃないのか。
無責任だ。
なんでこんな話を書くかというと、義理の母が医者嫌いなのだ。
体調が悪そうなので、医者に行って診てもらえば、というと、「怖いから嫌だ」(子供じゃありません)。
「注射とかいや」、「痛いのはいや」(子供ではありません、くどいですが)。
別に病院に行けば必ず痛い目にあうわけでもない。
健康診断(人間ドック)に行けば、といっても笑ってごまかす。
それなのに、日本テレビの「思いっきりテレビ」とか見て、○○が体にいいらしい、などという情報を聞いて、買ってきたり。
義父が早く医者にかからないで先延ばしにしたあげく、ガンで死んでしまったのに。
自身も入院時の付き添いで、ずいぶん大変な思いをしてきたはずなのに。
同じことを自分が繰り返すかもしれないとは、思わないのか。
別に私はペシミスト(悲観論者)ではない。むしろオプチミスト(楽観論者)だ。
病気になっても、治る可能性が必ずあると思っている。そのためには常に体のことも考えたほうがいいと思っている。
先のことを悲観的に考えているのではなく、最善を尽くしておくべきだと考えている。
そうすれば自ずと最善の道が開けると。
それが最終的に治癒しない病気であっても、軽症に快癒するかもしれないし、死に至ったとしても、痛みや苦しみの期間が少なくなるかもしれない。
自分の体を良く知っておけば、家族に余計な心配をかけずに済むこともある。
私はとにかく、自分の体に責任を持っていたい。家族のためにも、体のことだけではなく、全てにおいて無責任な放置はしたくないのだ。
人はいつかは死ぬ(「縁起でもない」という人もあるだろうが、厳然たる事実)。そのときはどんなにじたばたしても、自分のことに責任を取れないのだから、生きてるうちは責任持ってやっていこうよ。
夫がこれを読むかもしれないけど、怒らないでね。ほんとにそう思ってるんだから。
切除する乳房は もっと小さくてすんだのに、
リンパ節を取っちゃわなくても よかったのに、
毎年 検診を受けていれば よかったのに、
随分悔やみましたが、すべて 自分の行動の結果ですから、情けない思いをしました。
ヒトの死亡確率は 100%です、間違いありません。
人はもっと “死”と言うものを考えなければいけないのかもしれません。
それと、“その日”まで、“どう生きたいか”を。
なるべくなら ずっと元気でいたいですよね。
わたしは 小さな事でも、
「あとで後悔しないように」が 選択基準になりました。
ただ、虫主婦さま、
自分の事は 自分が頑張れば済むけど、
ひとの事は、そのひとが 頑張らなければならないので、
ひとを変えようとか、ひとにああしてもらおう、こうしてもらおう と思うのは、疲れますし、
なかなかうまく運ぶのは 大変です。
とりあえず 自分はきちんと、検診を受けて、
だんだんと 周りも 巻き込んでゆきましょう。
私も実家の母には、ちょっと、お手上げ、
お義母さまに、似ています。
最近予約制になって幾分緩和されたので助かりますが、予約外の場合は一時間半は待たされます。
ただ薬を2カ月分くれる様になったので、前より病院に行く回数が減りました。
義理のお母さん、ご主人に説得してもらったらどうでしょうか。母親って男の子には弱いようですよ。
本人がその気になってくれなければならないし、こちらがイライラするのは、お門違いなんですけどね。
ただ、とにかく「分からないこと、知らないことをそのままにして知ろうとしない」のが、私にはよく分かりません。
本人も「このままじゃいけない」と感じていると思うので、私も何も言いませんが。
私は検診を受けたりして話題にしますが、「よく受けられるわね、えらいわ~」なんて言われると、なんだかなぁと思います。
でも、人間ドックは専門病院にいくとシスティマティックで好き。流れ作業のようで工場みたいでいやだ、という人もいるようですが。
ただ、胃カメラ前の麻酔が効くのを待つ時間が嫌い。麻酔液(?)をごっくんしてしまいそうで・・・(喉に入れて、飲み込まないようにそのまま維持するので)
夫もお義母さんには言っています。今度はうちの息子(孫)に言わせようかな。
私、ダメなのよ、病院。
お義母さまと違う理由ですけど、嫌いには変わりないから一緒よね。
実家の親は心配してます。困ったことに義父母やダンナが私と同じ種族なので、嫌いに拍車がかかっちゃいました。ただ、嫌い嫌いと言っていては子供と同じ、とは思ってます。食生活への気の使いようはちょっと普通の家庭とは違うかもしれないですね。
現在はうつのために他の病の治療も中断状態。行きたいとは思っているのですが。一人住まいでずるずるです。
下手に行って、長く待たされるとますます悪化しそうなので、発熱の際は少し下がって、自分で動けるようになってから行きます。
あんまりつらくて朝早くに救急外来にかかって、研修医のとんちんかんな診察でもっとひどくなったことがあります。