数日に一度来る苦行の日 母親の休日
しんどい 自室に籠って時間が過ぎるのをひたすら待つ
ただただ息がし辛い 部屋から出るのが怖い
昔からずっと都会に憧れてた
便利だとか何でもあるとかかっこいいとか そういうことじゃなくて
いろんな人がいていろんな生き方をしてる中でなら
ろくでもない自分でも受け入れてもらえる気がした
紛れられる気がした
今までの人生忘れてやり直せるような気がした
世の中じゃ悩みを相談するのって家族が一番多いらしいって
知って驚いた 主の家族では考えられないから
幼児だったころはわからないけど 少なくとも小学校中学年くらいから
親に相談した記憶がない どんなに悩んでも苦しくても
嫌だと思っても言えなかった 言うもんじゃないと思ってた
向こうからもなにか相談されたこともない どんな些細なことでも
他人に相談するっていうことができない
これ言ったら不機嫌になられないか 嫌われないか
口から出す前に考えるようになった
もう25年くらい 親の前では泣いていない
なんでかわからんけど 我慢する意地でも
感情を見せたくないのかな
今後も親の前で泣くことは たぶん無いかな
あるとしたら愛犬が死んだときだろうな
家にいるときはほぼずっとイヤホンをしてる
してないと窒息しそうになる
いつからだったっけ忘れたけど
好きな音楽に 推しの声に 埋もれてないと気が狂いそうになる
聴きたくないことばっかり聞こえてくるから
気付きたくないことに気付いてしまうから
たとえば なにか有事に巻き込まれて死期を悟ったとき
最期の言葉を残したいと思う相手は大概家族なんだと思う
考えてみた
家族に対して最期に残したい言葉を
なかった
育ててもらったお礼とか伝えるべきなんだろう
そのときそういうモノを伝えられる自信がない
いざそのときになれば出てくるのかもしれないけど
「そのとき」最期の言葉を誰に伝えるんだろう
何を伝えるんだろう
伝えたいと思うことはあるんだろうか
伝えたいと思う相手は居るんだろうか
でも最期に話したいと思う相手は居る
お父さん
久しぶりにこの言葉を発した
あのときからどう生きたのか 知りたい
小さいころの夢を見た 小学校低学年くらいかな
父親が小学校の運動会の時高い鉄棒で逆上がりを見せてくれた
そしたらヒーローみたいに周りに同級生が集まってきて誇らしかった
何度も何度も見せてくれた
主の両親は早くに主ができて結婚したらしく
当時友達の親御さんに比べて若めだったのもあって
スポーツが得意で若い父親は自慢で大好きだった
反抗期になっても父親のことは大好きだった
高3の6月 中間テストから帰ると 父親が蒸発していた
わけがわからなかった
暫くして事件でも事故でもなく蒸発で
生きてることが分かったときは 心底ほっとした
当時何を考えどう行動して日々生きていたか よく覚えていない
父親がいなくなる前日の夜 主に
「焼きそば作ってくれないか」って言った父親に
「えーやだー今度ね」って断ってしまったことを未だに後悔してる
いつもは作ってあげていたのに あの時に限ってどうして
今度 は永遠に来ない きっと