そらいろ模様

ドラマ・映画・役者さん・音楽。好きなことについて、自分の思いをつらつら書いています。 ズボラすぎて完全に不定期更新です😅

「もしも命」の後に改めて「芸人交換日記」と俳優・田中圭について考える

2021-10-15 | タナカー的演劇レビュー
久々に、舞台版・芸人交換日記のDVDを、原作本片手に言葉のひとつひとつを追いかける形で観た。

そして、思う。
やはりこの作品は、すごい。

正直、私は芸人の世界の事は何一つ分からない。
これを読んだ芸人さん(今回キャストの若林さんも含め)たちはみんな号泣したそうだけど、私は残念ながら、その想いに共感してあげられる知識さえ持ち合わせていない。

にもかかわらず、観るたびに毎回、ラストでは自然に涙がこぼれてきてしまうのは、やはり観ているうちにこのイエローハーツの二人の事をとても好きになってしまうからだろうな、と思う。

相手の事を思って、身を引く。
まるで恋愛ドラマの話のようだけど、この二人の間に流れている「想い」は、それをリアルに感じさせる。
そして本作の根底にある「自分のためではなく大切な誰かのために命を懸ける」という想いは、「もしも命が描けたら」の世界にもそのまま引き継がれているのだ。

それにしても「甲本」はまさに、田中圭という俳優さんのはまり役だ。
彼は自分と全くかけ離れた人物であっても、まるで昔からずっとそう生きているかのように演じるのが本当にうまい俳優さんだけど、この甲本に関しても、まるで彼自身がこういう人物かのように思わせる芝居をしている。
この舞台の漫才シーンだけ見せて
「田中圭って、実はもともと芸人だったんだよね」
と言ったら、おそらくほとんどの人が信じてしまうのではないだろうか。

そしてそれこそが、鈴木おさむさんの見抜いた彼の素質の一つなのではないかと思う。

序盤の、強気で、口も素行も決して良くないけど、なんだか憎めない甲本の人物像。
中盤の畳みかけるような相方との掛け合い。
そして終盤の、芸人として、一人の男性としての悲哀と決意。

彼が持つ俳優としての良い部分を、ぎゅっと濃縮させたようなこの甲本という役を、彼は本当に生き生きと演じて見せる。
まさに「役を生きる」という言葉そのままに。

そして台詞と動きを縦横無尽に操ることによって、彼自身の中に眠る役の人物の感情を終盤で爆発させる手法は、「もしも命」でも完全に引き継がれている。
こんなにセリフを覚えさせられて可哀そう…という人がいると聞いたことがあるけれど、おそらく長いセリフは覚えるの自体は大変でも、感情表現をするという点において、彼自身がこの長台詞に助けられている部分がむしろいろいろあるのではないかとも思う。


この話は、言うなら二人が書いた交換日記をお互いに読みあう、というだけの作品だ。
もちろん、その中に描かれているのは複雑な人間模様でもあり、生々しい感情でもあるのだけど。
話の内容としては、決して動きが大きい作品ではない。

だから、ともすれば飽きられてしまうほどの長台詞も、田中圭くんが豊かな感情表現でそこに込められた思いを伝えてくると、つい聞き入ってしまう。

彼は、自分の書いた日記を相方の田中が読むというシーン(自分がセリフを喋る)では、あらゆる身体表現を使って日記にこめられた想いを表現している。
逆に、田中の日記を読むシーンでは「読む」というたった一つのシチュエーションにおける感情表現を、これでもか!という程バリエーション豊かな動作や表情によって表現してくれる。

だからこの舞台を観ると、甲本と同化した彼自身の甲本の想いが痛いほど受け取ってしまうのだ。
胸が痛くなるほど。

そしてこの作品、前半のテンポと後半のテンポはまるで違う。

後半の甲本は前半とは打って変わって、弱々しく切ない存在になる。

ずるいなぁ、と思う。

こんな風に演じることができるのは、やっぱり彼だけだ。
作りこんだものを演じられる役者さんはきっとたくさんいる。いかにも「舞台ですよ!」という芝居で。

でも彼はそうじゃない。
まるで映像作品に出ている時と同じように軽やかに(本当はかなり違うアプローチをしてるんだと思うけど)「舞台上で自然に見える表現」を本能的に理解し、動いているように思える。
それはきっと、すごい努力に裏打ちされているはずなのに、そんなことみじんも感じさせずに。

やっぱり彼は、天性の役者さんなのだな、と思う。

舞台での彼は、ただただ格好いい。顔かたちとかスタイルとかいう問題ではなく、とにかく立ち居振る舞いや動きの何もかもがキマっている。ホントに憎たらしいくらいに。

きっと彼自身もそれは分かっているのだ。
だからきっと、忙しい時こそ舞台に立ちたいのだと思う。
俳優・田中圭を見失わないために。

それにしても今回初めて、最後の「天国漫才」の内容をちゃんと理解したのだけど(でも聞きながら涙腺崩壊してしまうので、理解するのはホントに大変だった。原作ともほとんど違ってるので原作本読んでもわからないし)
これ内容としては、笑軍に出た時の漫才をイメージしてるのかな?
とても面白いし、とにかくテンポが良くて楽しい。

にもかかわらず、やっぱり私は笑いながら泣いてしまうのだ。

甲本と田中の二人がようやく約束を果たし、本当に「出会えた」ことに。
そして「イエローハーツで漫才をやりたい」という心の叫びを、ようやく実現できたことに。

劇中、二人でネクタイを結んで舞台に立つ準備をするシーンがある。これを取り入れたのは天才的だと思う。
たぶん、男性からしたら普通にスーツきてるだけじゃんと思われるだろうけど、男性が真剣にネクタイを結ぶ姿って、車でバックしてる姿と同じくらい、なんかちょっとキュンとしますよね~?(私だけじゃない、はず)

悲壮なまでの覚悟をして舞台にたつ二人の覚悟と「若者のすべて」という選曲。この効果のおかげで、このシーンは忘れられないものとなる。

ちなみに映像特典のインタビューで、田中圭くんが甲本(の人物像)は正直すごくムラがあったと言っていたけど、それはムラ…というか、彼特有の「揺れ」だと思う。

おそらく場合によっては(そして演出家によっては)決してホメられるものじゃないと思うけど、彼の魅力の一つは、その「揺れ」だ。


「もしも命」はそこからさらに10年後のキャリアを積んだのちの舞台ということもあるから、さすがに65点ということはなかったのではないかと思うけど、でもたしかに今でも公演ごとに揺れがあって、でもそれがやっぱり面白いし、たとえ100点じゃなくても、だからこそハッとするようなすごい表現に出会えたりしてしまうので、彼の芝居を見るのはやっぱり楽しい。

今回改めて見返して改めて彼の表現力に驚嘆したのは、社長から厳しい現実を突きつけられ、思わず笑ってしまうというシーン。

あんなに切なく悲しい「笑い」があるだろうか。
裏に涙が見えてきそうな「笑い」が。

「甲本ほど芸人に向いてる人いない。繊細で凹みやすくて、面白いから」と言われるセリフがあるけれど、まさに田中圭という俳優さん自身がそうではないだろうかと思う。

頭のキレ、セリフ回しのうまさ、相手の言葉を受ける力。
まさに彼は、芸人さんの感性を持った俳優さんといっていいのだろうな。

私がタナカーになった、原点といえる作品。
この先もずっと、私の中で色あせない作品として残り続け、折に触れて新しい感想を生み出してくれるのではないかと思う。


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