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注目の骨ホルモン 納豆やブロッコリーのビタミンKで分泌増

2017年12月18日 | 健康情報
NHKスペシャルで全8回にわたって放送中のシリーズ『人体 神秘の巨大ネットワーク』は、これまであまり知られてこなかった「臓器や体組織の間での情報伝達」のメカニズムを明らかにし、話題を呼んでいる。来年1月7日に放送予定のシリーズ第3弾『“骨”が出す! 最高の若返り物質』では、骨が発する“メッセージ物質”が取り上げられる。骨が分泌する代表的なメッセージ物質(ホルモン)である「オステオカルシン」には、糖尿病を改善する働きがあると指摘されている。さらに、動脈硬化や認知症などの予防効果も期待されているという。
 骨を強化するためにはカルシウムやたんぱく質の摂取が重要とされているが、『“骨ホルモン”で健康寿命を延ばす! 1日1分「かかと落とし」健康法』(カンゼン刊)の著者で福岡歯科大学客員教授の平田雅人氏は、「骨ホルモン分泌を増やすにはビタミンKが特に重要」だと指摘する。
「オステオカルシンを増やすには、骨にカルシウムを沈着させるビタミンKが不可欠です。ビタミンKが多く含まれている食材には、納豆やブロッコリー、ほうれん草などが挙げられます」(同前)
 骨ホルモンを経口投与するための研究も進んでいるという。
「マウスの実験では、経口投与したオステオカルシンの一部は、活性を保った状態で24時間以上消化器官内にとどまり、血中に存在し続けました。現在、サプリメントを開発中の企業もあり、来年には臨床試験を行なう予定と聞いている」(同前)
※週刊ポスト2017年12月15日号

最高齢は108歳! 100歳以上が日本一「島根県」の百寿者が語る“健康長寿の秘訣”

2017年12月18日 | 健康情報
県民10万人あたりの「百寿者率」が5年連続でトップの島根県。同県の百寿者たちは、これまでなにを心がけ、今どう過ごしているのか。県内最長寿を含む5人にインタビューを試みたが、100歳を超えてインタビューに答えられる、という健康の秘訣はどこに? 

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 松江市の西南に位置する雲南市に住む安井信子さん(100)を自宅に訪ねたが、そこは曲がりくねった山道の先。玄関から腰が真っすぐの女性が現れたので、娘さんかと思うと本人で、

「夫が7年ほど前に亡くなってからは、ここで一人暮らしをしています」

 と、こう語りはじめた。

「朝は6時前に起きてご飯を食べます。白米とみそ汁、卵焼きなんかですね。家の前の畑で白菜や大根を作っていて、みそ汁には畑で採れた大根の葉っぱや春菊なんかも入れます。緑のものは血液をサラサラにしますからね。肉と魚なら魚のほうが好き。カルシウムがあるから食べにゃいかん」

 どうやら健康オタクでもある安井さん、齢百にしてほぼ自立している。

「種まきから収穫まで全部一人でやります。夜ご飯でも畑で採れた白菜を煮たりしますね。柔らかくなって消化にいいから、何でも煮物にして食べる。ほかにやってるのは散歩。背筋を伸ばして手をしっかり振って、5分、10分歩く。肩こりもないし、どっこも痛くない。血圧も上が130くらいで、息子よりだいぶ低い」

 お茶の水健康長寿クリニックの白澤卓二院長は、

「百寿者は寝たきりか自立しているかのどちらか。生活の自立は長寿を考えるうえで非常に重要で、それには自分で歩ける、自分の頭で判断できる、という二つの条件が必要となります」

 と語るが、安井さんはそれらの条件に見事に適う。

 同じ雲南市に住む岸本キミエさん(101)はデイサービスに通うが、そこで、

「洗濯物を畳んだり、絵を描いたり、踊ったりします。若い人たちは踊らないんだけど、私は若い先生と一緒に踊るの。踊りはだれにも負けません。洗濯物も一番きちんと畳んで、崩れないように重ねる。だらしない人のは崩れたりするの。家に帰ったら草取りとかする。草取りも速いですよ」

 90歳くらいまで水墨画の達人だったという岸本さん。祭りで踊るのも好きで、家族によれば「熱中しやすい性格」だとか。食事は家族と同じものを食べており、

「3食、白いご飯。嫌いなものはないね。お腹いっぱい、何でも食べます。肉も魚も野菜もちゃんと食べる。寝るのは9時ごろかな」

 どんなときに楽しいと感じるのだろうか。

「嫌なことはありませんわ。草取りでも何でも楽しい」

 ストレスも最小限で済んでいるように感じられた。

 松江市の山崎ミネ子さん(101)は今年、しまね健康超寿者に選ばれた。岸本さんと趣味が似ている。

「60歳くらいで書道を始め、今でも書くのが一番好きですわ。段位は10段までいって、県の展覧会に何度も入選しました。俳句や水墨画もやっていました」

 今、週に3日通うデイサービスでは、

「足し算、引き算、掛け算とか計算したり、書き物したりしていますわ」

 元気の秘訣を尋ねると、

「自然にね。長生きのために食べもの制限とかしちょらんね。甘いものと辛いものは好きじゃないから、カレーとキムチは食べません。娘や孫、ひ孫たちと一緒に同じものを食べます。シジミ汁も好き。魚が好きだけどお肉も食べますわ。いい加減なもんだね」

「人生はこれからだ」
 青砥武一さん(104)も松江市在住。やはり食べものに頓着しないそうで、

「朝は白米やパンです。野菜も食べるし、魚もあれば食べる。昼や夕飯も家族と同じものを食べますわ。ひ孫が時々買ってくるケンタッキーも好き。嫌いなものはない。ただ軍隊にいたときのクセで速く食べて、孫たちに怒られます」

 家族と一緒に、選り好みせず食べているそうだ。

「戦争から帰って米や野菜、黒毛和牛の繁殖を80すぎまで続け、月に1回は、松江中心部の護國神社の朝の清掃奉仕に、自転車で14キロくらい走って通ってました」

 右耳はほとんど聞こえないそうだが、左耳に話しかければ、こうして返事をもらえる。そして今も、

「新聞は毎日読んでいる。あとひ孫が買ってきた計算ドリルを、もう3、4冊やりました」

 最後に紹介するのは、江津(ごうつ)市に住む明治42年生まれの高田良夫さん。県内最高齢108歳だ。今は施設で車椅子の生活だが、昨年4月に転んで脚を圧迫骨折するまでは自宅ですごし、草むしりもしていたという。

 なにしろ90歳まで毎朝晩、犬の散歩で1キロ歩き、93歳まで自転車に乗り、100歳をすぎても畑に出ていたという鉄人である。

「ここまでやってこれたのは、真面目に働いてきたからだと思います」

 国民学校を出て陶工に丁稚奉公したのち、徳山曹達(ソーダ)に就職。36歳で徴兵されて台湾に送られたが、幸い食糧事情があまり悪くなかった。帰還後は70歳すぎまで陶工を務めたという。

 百寿者の例に漏れず、好き嫌いがない。昔からタバコも吸わず、晩酌は毎回1合未満。ただ、施設に入るまで40年間、毎日「養命酒」を飲んでいたという。

「何でも美味しく食べますし、ゆっくり、よく噛んで食べています。昔、たくさん噛めば唾液がたくさん出るから、よく噛んで食べるようにと、牛は何度も吐いて噛み砕いて食べるから糞がほどけてるんだ、と教わりました」

 車椅子は自分でこぐ。

「60くらいで死ぬと思ってたら、とうとう108です。先生も、家族は長生きするだけでも嬉しいものだと言ってくださるので、男性日本一の長寿になれるよう頑張りたいです」

 前出の白澤院長は、

「私が会った百寿者で“もう自分の人生は終わりに近づいている”と悲観している方はいない。逆に“人生はこれからだ”と、とにかく前向きで肯定的です」

 と語るが、それは5人すべてに共通していた。