三月十八日、午後から、何もしないで居るより、少しでも、足取り手がかりを探すため、高田の町を、探し歩きました。最初は、針灸の先生を尋ね、何時ごろ診療し、帰ったか?そうすると、十二時四十五分ごろ、タクシーに乗って、帰ったとのことでした。いつもなら、その後、スーパーに寄り買い物をし、三時過ぎのバスで戻るのが、いつものパターンでした、そこで、買い物に行った思うい、スーパーに行き、見たところ、余りにも、すさまじ過ぎて、言葉になりませんでした。その後バス乗り場、高田駅、タクシー会社周辺を、廻って見たのですが、何の手がかりもまく、戻って来ました、その後高田一中に避難所、が有りましたので、名前を探したり、探していますと書き、写真を貼りしました。またタクシー会社の方が、避難所に居ましたら、会って、情報を欲しかったので、体育でアナウンスをしてタクシー会社の人は居ないか?一時間位待っていたのですが、居ませんでした。高田第一中学校、校庭では、仮設住宅の建設も始まっていたし、体育館では避難所の方々に、食事の配膳をしていました。校舎の玄関には、避難者名簿、探しているかたの写真、名前などが、所狭しと、張られていました。