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◆◆◆秋の夜長に◆◆◆
秋の夜は長い。
日中は天候も良く晴天だった。
「…オスカル。風か出てきてる。あまり夜風にあたると風邪をひいてしまうよ」
「…あぁ…」
今日は早めに屋敷に帰宅できたため、オスカルは久しぶりに両親と夕食を共にてきた。
湯浴みも済ませ、微風が気持ち良かったので窓辺の椅子で寛いでいたら、眠ってしまっていたらしい。
うっすらと覚醒してきた頭でオスカルは小さく返事をした。
温かいショコラのカップをテーブルに置き、アンドレはバルコニーの窓を閉めた。
慣れた手つきでレースのカーテンも閉め、オスカルの肩にショールを掛ける。
「ドアをノックしても返事が無かったから…まさか窓辺にいるとは思わたかったよ。ダメじゃないか。ほら、こんなに身体が冷えてる」
アンドレは肩のショールを整えて、オスカルの頬に優しく触れた。
「…湯浴み後に微風が気持ち良くて、ウトウトしていたら眠ってしまったんだ。お前の手は温かいな」
「オスカルの身体が冷えてしまっているんだよ」
翌朝、目覚めたオスカルは違和感を感じていた。
…何だか鼻がムズムズする。
喉がかれているような…気もする。
暫くすると、侍女のマリアが洗顔用の水を持ってきてくれた。
「おはようございますオスカルさま」
「あぁ…おはよ…う」
「…オスカルさま?少し風邪気味でしょうか?」
「あ、大丈夫だ。昨夜、湯浴み後に窓辺でウトウトしてしまってね。ショコラを持ってきたアンドレに起こされて…怒られた」
肩を竦めるオスカルにマリアも心配の声をあげる。
「まぁ…オスカルさま、体調のほうは大丈夫でございますか?」
大丈夫だよ、とオスカルは頷いた。
普通であれば従者が主人を叱るなど有り得ないことだが、この二人は別格で特例なのだ。
稀有な二人ゆえ多少な事はマリアも動じない。
オスカルは次期当主であり、アンドレは第三身分ではあるものの、オスカルの幼馴染みであり、主従の関係を経て、数ヶ月前に秘密の恋人となったことは古参の侍女達は気付いている。
「オスカルさま、今日のお仕事はどうされますか?」
「アンドレもいるから大丈夫。行けるよ」
心配そうに首を傾げるマリアにオスカルは微笑んだのだった。
「…オスカル。風邪ひいた…よね?」
朝食時にオスカルの風邪気味な声に気付いたアンドレは部屋で出勤準備をしているオスカルの部屋に薬を持ってきた。
昨夜オスカルが窓辺でウトウトしていた時間が長かった所為だろうと察しはつくのだが、温かいショコラで身体を暖めて直ぐに寝室で休ませたが無理だったようだ。
「このくらい大丈夫だ」
「ごめん。おれがもう少し早くショコラを届けに行ければ良かったんだけど」
「いや、お前のせいでは無いよ」
少々鼻声で笑うオスカルであるが、彼女は普段健康ゆえなのか風邪を拗らせると熱を出して寝込むことが多いのだ。
「ちゃんと薬も飲んでくれよ。勤務も休みたく無いんだろう?」
「…うん…」
「今日は無理するなよ?」
言われるまま、グラスの水で薬を飲んだオスカルの頬にアンドレは掠めるようなキスを落とした。
「…わかっている」
こうなってしまうと、とことん世話を焼くアンドレであることを判っているオスカルは素直に頷いたのだった。
出勤した衛兵隊にて。
司令官室にいたオスカルは兵士の報告を聞き屋外に出るべく部屋を飛び出した。
「皆んな大丈夫か?怪我をした者は?」
「大丈夫っすよ。一班で外の見廻りに出てたら、突風っつ〜か、小さい竜巻か旋風みたいなモンが発生して、周辺が酷い荒れようだったんで片付けや周辺の整理を手伝ってたんです。樹々の幹やら枝やら色んな物が吹き飛ばされてたんでね。兵舎からも舞い上がる風が見えてたみたいで中庭にいた奴らが数人来てくれたんで助かりましたよ」
「そうか…ご苦労だった」
先ほど兵士の一人が司令官室のドアを叩き、報告に来たのだ。
「隊長!兵舎の近くで竜巻が見えました。一時間程前にB中隊一班が外の見廻りに出ています」
「アラン達は戻っているのか?」
「まだ戻っていません」
「わかった。直ぐに行く」
頭を下げて退出した兵士を追うように、オスカルも目を通していた書類を机上に置きながら窓に目をやるとまだ強い風が吹いているようだった。
外に出たオスカルは兵舎の門から入ってきたアラン達に報告を聞く。
周辺の建物や周囲の人々も酷く被災したものは無いようなので、オスカルも安堵して息をついた。
「アラン。少し早いが一班の兵士達も午前中の休憩を取ってくれ」
「了解っす」
「…っくしゅんッ」
返事をしたアランの言葉に被るように、一瞬動きを止めたオスカルから発せらたのはクシャミだった。
息を吸い込むオスカルは鼻もムズムズしているようで鼻先に手を添えている。
アランの後ろにいたアンドレは声を上げながらオスカルに近づいた。
「オスカル!やっぱり風邪が酷くなっているじゃないか。今日は寒いんだよ。皆んなを心配して兵舎から出て来てくれたのは嬉しいけど何も羽織らずに…まったくお前は」
アンドレが一緒にいれば外套を羽織らせたが、司令官室に居たのはオスカルひとり。慌てて外に出てきたのだろう…とアンドレは小さく溜息を吐く。
主人と従僕とは思えない会話にもいい加減慣れてきた兵士達も驚かなくなった。
隊長に世話を焼くのはアンドレの仕事の一環と認識されていた。
アンドレは軍服の上着を脱ぐとオスカルの肩に掛ける。
女としては長身で細身のオスカルと、男の中でも長身で程良く筋肉のついたスラリとした体型のアンドレ。
二人の身長差も良い感じで画になるな…と思っていた兵士達も目が釘付けになる。
アンドレの上着を羽織ったオスカルは一層に身体や肩の細さを感じさせた。
「…過保護過ぎだ。これではお前が冷えてしまう」
「さっき皆んなで身体を動かしてきたから寒く無いんだ。今朝、おばあちゃんに薬も持たされているんだよ。昼に軽く食事を摂って薬を飲んで…身体が辛いようなら早退だ」
「…お前が勝手に決めるな」
「無理に今日一日頑張っても今夜熱が出れば寝込む羽目になるぞ。普段は健康なお前も一度風邪を拗らせて熱が出るとブッ倒れるのは今に始まったことじゃないだろう?」
「………」
少々不貞腐れ気味の隊長の肩にアンドレの手が優しく乗せられるとオスカルの表情がフワリと和んだ。
「ほら、早く兵舎に戻るんだオスカル。司令官室に何か温かい飲み物を持って行くから部屋で待っててくれ」
「…わかった」
こういう時の主導権はアンドレにあるようだ。
ホッとした表情でオスカルはアンドレの上着の襟を合わせて背中を丸めた。
その仕草は何時もキリリとした隊長と同じ人物とは思えない。
隊長が小さく見える。
儚い女性に見える。
ある意味で目の保養…。
衛兵隊でも一部の兵士達はオスカルを女神のように崇めているのだ。
本人に言ったらメッタ刺しにされるだろうから誰も口には出来ないけれど。
こんな二人を目の前にして一班の兵士達の脳裏にはいらぬ想像が展開されていた。
一班の面々はアランを筆頭に目が釘付けだ。
「まぁ人目を気にせず堂々と見せつけてくれちゃって…」
小さくボヤいてから、アランは声を上げた。
「隊長さんよ!この数日は冷え込むみてぇだ。素直にアンドレの言うこと聞いときな!」
アランをみたオスカルは一瞬ムッとして睨んでみせるものの何時も迫力は無く、アンドレに肩を押されて歩き出した。
「朝の点呼の時もアンドレが隊長に何か言ってたよね」
「うん。朝の隊長、ちょっと鼻声っぽかったけど…」
「朝のやりとりもアンドレの奴が今朝の点呼はダグー大佐に任せる提案をしていたんだろうよ。歴代の隊長達は朝の点呼時に兵舎に来ている奴なんていなかったんだ。あの隊長は真面目すぎるんだよ。朝の点呼も手を抜きたくないんだろうさ」
兵舎に向かって肩を並べて歩いてゆく二人の後ろ姿を一班の兵士達は眺めていた。
やはり黒と金のコントラストが映える。
隊長の金色の長髪が風に靡いている。
やはりアンドレの上着は大きくて肩幅も着丈もダボダボだ。
身長差といい体格差といい…男女で並べてみれば良い感じに映る。
兵舎に入ってゆく二人を見送った兵士達も早めの休憩をとるため兵舎に向かってトボトボと歩き出した。
「隊長…風邪大丈夫かな?」
「うん。心配だけど、二人ぴったり並んでると見ちゃうね」
「お…似合いだ」
「…隊長、やっぱり身体が細い…」
「普段は軍服の金モールで良く分からないけど、アンドレの軍服羽織ると肩幅も丈もダボダボに大きいし…」
「あれで剣の使い手。誰も敵わないんだから凄いよね」
「女性としては長身だけと、それに比例するようにアンドレの身体つきが良いんじゃないの」
目の保養なのか毒牙を抜かれたのかも解らず、いろいろな想像だけは頭を巡る兵士達は兵舎に入り休憩所に向かった。
兵士達は口々にオスカルの心配をしている中、アランは別の事を考えていた。
「良し、賭けるか。飲み会で基本は割り勘だが、賭けに勝った奴の分は他の一班の連中で持つ」
「え?アラン、何を賭けるのさ?」
フランソワの言葉にアランはニヤリと口元で笑う。
「明日隊長が出勤できるか、寝込んで休むか、アンドレと仲良くブッ倒れて寝込んで休むか」
「隊長にバレたら怒られるよ」
「問題ないさ。一班が黙ってりゃ分からねえだろ」
楽しい遊びを見つけたとばかりにアランは楽しそうだ。
「隊長、真面目だから明日も普通に出勤するんじゃないの?」
「でもアンドレが言ってたよね。隊長、風邪を拗らせて熱を出すと倒れて寝込むって」
「隊長が休みたく無いっていえば、アンドレも煩いくらいに世話を焼いて予防も兼ねて薬も抜け目なく飲ませるはずだよね?」
ひと足早く兵舎で休憩を取っている一班の面々は風邪気味であろうオスカルの心配をしつつテーブルを囲んで真ん中にいるアランが賭け事のメモをとってゆく。
殆どの連中は「隊長は出勤する」そして「隊長は寝込んで休む」だった。
隊長が出勤してもアンドレが動かさないだろうから司令官室に缶詰めで嫌々書類整理をしていそうだの、隊長は屋敷で休ませておいてアンドレが司令官室で溜まった書類の山と格闘しているだの、デスクワークが苦手らしいオスカルの事を考えて兵士達も好き勝手に言っている中で。
「俺は三つ目の隊長とアンドレがセットで休むだな」
アランの言葉に一同は声を上げた。
「え?アランひとりでコレ?」
「あの隊長が風邪を理由にアンドレと揃って休むかなぁ」
「うん。真面目で仕事の鬼みたいな人だし」
「ははは。まぁな、鬼の霍乱も有り得るだろ。一緒にいるアンドレにも風邪が感染るんじゃねえのかと思ってな。じゃあ二人セットで休むっつ〜のは俺のひとり賭けで良いんだな?」
「うん。これはアランひとり…かな?」
フランソワが一班の面々をみると皆頷いている。
「じゃ、そういうことで決まりな。賭けの飲み会は明後日の給料日の晩で良いか?」
毎月、給料日の晩は一班で飲み会も恒例だ。
仲間達は口々に了解の返事をした。
〜いいのかねぇ?ホントに俺ひとりで…と、アランは内心笑いが止まらない。
『あの隊長とアンドレだ。二人セットで仲良く寝込むのも有り得ないコトもない。アンドレ曰く、隊長は風邪を拗らせると熱でブッ倒れて寝込むらしいし、数年に一度の鬼の霍乱みてえなモンだろう。さっきも寒そうにアンドレの上着を羽織ってたんだ…おそらく夜は寒気が酷くなって熱が出るとみた。寒いだの何だのとアンドレを湯たんぽ代わりにしてそうだし、あの二人の関係もいくところまでいってる感じだしな。隊長が熱出して潤んだ瞳で寒い寒いと騒いだらアンドレが放っておけるハズないだろうさ』
従来の休憩時間になり、他の班の兵士達も休憩所に集まってくる中でアランだけは賭けの独り勝ちを予想してほくそ笑むのだった。
翌朝。
アランの予想通り、オスカルとアンドレは揃って体調不良で休みだった。
朝礼時にダグー大佐からの報告を聞いたアラン達は職務に就く前にコソコソと話している。
「本当に二人で休んじゃったね」
「…熱が上がっちゃったんだ…隊長、大丈夫かな」
「早く体調が戻ると良いね」
「この賭け、言い出したアランの独り勝ちじゃないか」
「何で分かったの!アラン」
あの二人を見てりゃあ判り易いだろ、とアランは笑っている。
賭けの飲み会ではアランの独り勝ち。
ひとり分を他の兵士達で割るのだから金額の負担も少なくて済んだ。
飲み会で盛り上がった話題といえば、結局二日間仲良くブッ倒れて休んだ隊長とアンドレの話。大貴族の生活など判るよしも無いが、いらぬ想像や妄想だけは無限に広がるのだった。
飲み会の翌日。
オスカルとアンドレは時間通りに出勤してきた。
朝の朝礼と点呼も本調子では無いらしい隊長をアンドレが止めたが「二日も休んでしまったのだから」といって聞かない准将様に渋々アンドレも折れたらしい。
「やっぱりアンドレは隊長のお世話係だね」
「うん。当たり前すぎて違和感も無くなってきちゃったけど…」
「幼馴染みだけあって阿吽の呼吸だからな。アンドレの代わりは居ねえだろうさ」
アランは鼻で笑った。
今日の昼食当番であるアランは嬉々として司令官室にトレイを持って現れた。
「隊長、昼メシっすよ。今日の昼食メニューは厨房で消化に良いものを作ったそうです」
「気を使わせてしまったようだな」
「隊長だけ特別メニュー作るのは簡単っすけど、隊長が兵士達と同じモノって注文してるから昼食メニューを変更して料理しちまった感じでしょ。…って、アンドレも何か注文してそうだけどな」
「…うん。簡単で良いからオスカルには何か軽いものを…って朝厨房に伝えたんだけど、栄養もあって消化に良いものを食堂の昼食用に纏めて作ってくれたようだね」
トレイをみながらアンドレも微笑んだ。
「まっ、昨夜は一班で飲み会だったし、消化に良い昼食は助かるし一石二鳥だぜ」
「…飲み会…」
「オスカル、酒は暫くお預けだぞ」
飲み会を羨ましがるオスカルにアンドレもお小言を忘れない。
アンドレはアランから引き継いだ昼食のトレイをオスカルの前に置く。
クックッと可笑しそうに笑っていたアランが声を上げた。
「隊長ぉ!風邪でブッ倒れるなんて鬼の霍乱ですかい?揃ってお休みとは仲も良いこった。熱が上がった隊長が寒い寒いとアンドレを湯たんぽ代わりにして風邪が感染って仲良く寝込んだんじゃないんすかぁ?」
〜カシャン!
オスカルがスープ用のスプーンを机上に落として硬直していた。
「図星ですかい?」
「おいアラン!」
揶揄うのは止めてくれ、とアンドレはアランを食堂に誘うべく、肩を引っ張る。
「オスカル!アランと食堂に行ってくるから、ちゃんと食べて。あとで薬も持ってくるから!」
アンドレに言われるまま、パニックらしいオスカルもコクコクと頷いている。
アンドレに引っ張られるように廊下に出たアランは舌打ちをする。
「ちっ、面白いれぇトコだったのに…」
「アラン!」
アランはアンドレに腕を引かれながら食堂に向かって歩いてゆく。
「…アンドレ。まさか風邪ひいてる隊長に手ぇ出して無いよな?」
「馬鹿。そんなことする訳ないだろ」
「へえ〜?」
「あいつは寒がりなんだよ。一緒にいれば風邪が感染るのも致し方ないだろ?」
「…熱だして寒がる隊長と仲良くベッドの中で丸まってるだけっつ〜のも…男にゃツライわな」
熱出して潤んだ瞳で言われちゃあ…とアランの頭の中は要らぬ妄想が増幅し始める。
「おい。変な想像するなよ」
「あぁ?さっきの隊長の様子をみたって図星なんだろうがよ」
ため息をついたアンドレは大きく息を吸い込んで一気に言った。
「はいはい!一昨日と昨夜は寒がるオスカルを胸に抱いて一緒に眠っただけです。夜の営みはしていません。以上!」
隊長とは大人の関係です、と何気に暴露しているアンドレに毒牙を抜かれたアランもポカンとしている。
薄々感づいてはいたものの、面と向かって言われるとリアクションに困ってしまうアランだった。
ほら!昨夜は飲み会だったんだろう?消化に良い昼食の時間だぞ、とアンドレに言われながら二人は食堂に入ったのだった。
◆おわり◆
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
〜あとがき〜
風邪気味のオスカルさまが屋外に出てきてしまい、慌てて上着を羽織らせるアンドレ。
バランスも良くてお似合いの二人だけど、改めて目の当たりにする体格の差に兵士達も目が釘付け…みたいなシーンが頭に浮かんで…って、其れを書きたいが為に短編を仕上げました(笑)
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