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美少年のクリスマス☆

2010年12月19日 13時14分24秒 | 本*読書*芸術*人文
世界中の人に知られている

アンデルセンの、

大恋愛小説、『即興詩人』。

日本ではおよそ100年前
森鷗外が10年近い歳月をかけて翻訳し、

近代の翻訳文の最高峰にある「日本語」を遺してくれました。

森鷗外が模範を示した「日本語の姿(スタイル)」は、
小説の文章だけでなく、

翻訳の文章も、

これから500年、1000年と生き続け、

読み継がれていく日本語の「宝物」です。

言葉は決して滅びない、からです。

ところで
あの美少年アントニオの

クリスマスはどんなものだったのか?


さる程に嬉しき聖誕祭は近づきぬ。つねは山住《すま》ひする牧者の笛ふき(ピツフエラリ)となりたるが、短き外套《ぐわたう》着て、紐《ひも》あまた下げ、尖《とが》りたる帽《ばうし》を戴《いただ》き、聖母《マドンナ》の像ある家ごとに音信《おとづ》れ來て、救世主の誕〔うま〕れ給ひしは今ぞ、と笛の音に知らせありきぬ。この單調にして悲しげなる聲を聞きて、我は朝な朝な覺〔さ〕むるが常となりぬ。覺むれば説教の稽古《けいこ》す。おほよそ聖誕日と新年との間には、「サンタ・マリア・アラチエリ」の寺なる基督《キリスト》の像のみまへにて、童男童女の説教あること、年ごとの例《ためし》なるが、我はことし其《その》一人に當りたるなり。
吾齢《わがよはひ》は甫〔はじ〕めて九つになるに、かしこにて説教せむこと、いとめでたき事なりとて、歡《よころ》びあふは、母上、マリウチア、我の三人《みたり》のみかは。わがありあふ卓《つくゑ》の上に登りて、一たびさらへ聞かせたるを聞きし、畫工フエデリゴもこよなうめでたがりぬ。さて其《その》日になりければ、寺のうちなる卓の上に押しあげられぬ。我家《わがや》のとは違《たが》ひて、この卓には毯〔かも〕を被《おほ》ひたり。われはよその子供の如く、諳《そらん》じたるままの説教をなしき。聖母《マドンナ》の心〔むね〕より血汐出《い》でたる、穉《おさな》き基督《キリスト》のめでたさなど、説教のたねなりき。我順番になりて、衆人《もろびと》に仰ぎ見られしとき、我胸の跳《をど》りしは、恐ろしさゆゑにはあらで、喜ばしさのためなりき。これ迄《まで》の小兒の中にて、尤《もつと》も人々の氣に入りしもの、即《すなは》ち我なること疑なかりき。さるをわが後に、卓の上に立たせられたるは、小き女の子なるが、その言ふべからず優しき姿、驚くべきまでしほらしき顔つき、調《しらべ》清き樂《がく》に似たる聲音に、……

(岩波文庫 アンデルセン「即興詩人」上巻 森鷗外訳より 一部新字体に改め)


クリスマスは近づいています。


(つづく)




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