八尾児童合唱団OB八尾音yaonの
ポーランド遠征でポーランドの皆さんと
河内音頭を踊る
MIDORIさんのBLOGから
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SWINGの歌手紙 ささや記つぶや記
今日は八尾児童合唱団の創設時代からピアノを
担当しまた指導もされている、
伊豆井先生のご自宅で
10日に催されるピアノ教室の発表会で
歌う曲の打ち合わせと指導を受けました。
生徒でもない私が何故歌うのか、
実は孫が小学校
1年から6年になるまで合唱団の部員でした、
私は送迎をしていたのでずっと付き添って
いました。
そんなことがきっかけで2年に1度
開催される発表会に出ることになり、もう5~6回は
出演しています。
でも、今までは孫と一緒であったり、歌ではなく
リコーダやハーモニカ、ギター演奏がほとんどでした
今回初めて声楽でソロを歌います、
曲は芥川也寸志作曲 中村千栄子作詞の
「ここは瀬戸内」あまり知られていない曲ですが
娘の高校音楽に掲載されていました。
題名の瀬戸内と言う言葉には理由があって
思い入れの深い響きが有ります。
昭和20年大阪を炎の海と化した大空襲が有り
それを危惧した広島因島の父方の祖父母が呼び
寄せてくれたのです。
当時父は召集されてで不在、母は生まれて
間もない乳飲み子を抱えていて、大阪に残ることに
私小学校5年生弟2年生で疎開をすることになりました。
夏休みなどに良く訪れていましたのでさほど
抵抗も無く、むしる喜んでいました。
しかし、すぐ目の前に展開する瀬戸の海に乗って
聞こえてくる本州を走る汽車の汽笛の音が望郷の念を
呼び覚ましてくれます、
海岸に出て北を見ると
その汽笛の主の列車が小さな灯りの列を残しながら
大阪方面に移動して行きます、あの汽車に乗れば
大阪に帰れる、今頃母と9歳下の弟はどうして
いるのだろう。
と感傷的になり涙が溢れてきます!!
瀬戸の海は慰めるかのように小さなさざ波の
音を寄せてくれますます!!ざざざーあーんと!!
母と離ればなれになって生活した、この思い出は
この年になっても忘れることは有りません!!
でも翌日はそんなことは忘れて瀬戸の海を
思いっきり堪能していました。
チヌをつり夕食のおかず、おおきなせらぶ貝は焼いて
塩や醤油を振りかけて直径3センチは有ろう貝柱のみを
食べます美味。
たこやいか、海藻!山に入ればイチジクみかん
と季節全てが手に入ります。
そして夜には海岸に出て持参していたハーモニカを
吹きながら感傷にしたる!!
「ここは瀬戸内」そのものでした!!