天路歴程

日々、思うこと、感じたことを詩に表現していきたいと思っています。
なにか感じていただけるとうれしいです。

最後の夜

2019-02-08 21:28:34 | 
2月。冬の底。この寒さに身を浸すと、冷たい湖で、春を待つ魚の気持ちになる。

憂に満ちたグレーの空を見上げ、彼は、元気でいるだろうかと思う。そして、彼のいる所は、晴れやかな空であるといいなと思う。

私は、まだ彼のことを忘れることは出来ない。けれど、手放した。彼が家族の元に戻るように。

彼のため?彼の家族のため?

もちろん、それもある。

けれど、私が疲れてしまった。負の感情に囚われるのは、とてもパワーのいること。

彼は、束縛しなかった。2人でいる時には、限りなく優しく、そして、刹那に燃え上がった。

枠のある完璧さ。お伽話の美しさ。それは、嘘の上に立つ蜃気楼。

それでも、いい。それだから、いい。そう思っていた。

テーブルの下で、こっそり繋ぐ手の背徳感。その裏にある沸き立つような快楽。ワルイ高揚感は、癖になる。

けれどその果実は、永遠に貪れるわけではない。食べ終われば、虚しくなるばかりだ。

彼は、何も約束しなかった。未来への言葉もなかった。ある意味では誠実で、驚くほどしたたかだった。

彼と私には今しかなくて、残るものも、続くものもなかった。

彼は、私に好きだと言った。愛おしいと言った。今の感情は、素直に表してくれた。ただ、それだけだった。

私は、餓鬼のように、それ以上を心の中で、願った。もっともっと。私をあなたの1番にしてと。

私は、恋をして、体は潤い、目は貪婪になった。

ある時、鏡を見て、ぞっとした。

ぎらぎらと目を光らせ、滴り落ちるような色を身につけた自分。

浅ましい。浅ましい。私は、鬼女になりたかったわけではない。欲情に溺れたかったわけではない。

彼との関係だけを見つめて、それ以外のことを目に向けたくはなかった。

でも、鳥の目で見れば、私は、ただ、奪うだけの簒奪者だったのだ。奪われる身になったら、憎むべき悪の何者でもない。

私は、それに耐えられなかった。(いい子ちゃんでいる方を、取ったと言えるかもしれないが。)

彼と話した最後の夜。もう、会わないと言った時、彼は目を伏せた。

「賢いあなたの、あなたらしい選択だ。」

「それは、皮肉?」

「違う。どんなに溺れても、自分を見失うことはないんだなと思って。」

「それは、悲しいことなのよ。わかる?そして、あなたは、それを利用したの。」

「俺を責める?」

「ま、そりゃあね。そして、私は自分自身も責めてる。そういうものでしょ?」

「やっぱり、賢いね。俺があなたを好きな所だ。」

私は、ため息をついた。心がちぎれるほど痛いのに、呆れてしまう自分もいた。こんなに好きなのに、不毛な関係にうんざりもした。巧妙な糸。操るのも、操られるのもやめにしよう。断ち切るのは、私だ。

「だから?」

私は、立ち上がった。

「さようなら。」

ドアを開けて、外を出た。背中でバタンとドアが閉まる。彼が追ってくることはなかった。

濃い闇。涙が溢れる。身が裂けるほど痛い。手が震えている。きっと眠れない。眠れない夜が続くだろう。

それでも、朝が来るって信じている。悲しみは、忘れないまま。

inspired by スピッツ 「さらさら」



※ 歌詞を少し引用しました。不倫の話になってしまいました。この歌は、全然違うのになあ。