天路歴程

日々、思うこと、感じたことを詩に表現していきたいと思っています。
なにか感じていただけるとうれしいです。

もう絶望したくないから

2019-02-24 19:33:09 | 
女性誌をめくれば

女性の生きづらさを声高に叫びながら

若くて細いモデルが「モード」を着こなし

「5歳若く見えるメイク」が特集される

真面目にすべてを受け入れれば

どうしたらいいかわからなくなる

ねじれ
よじれ
裂けてしまう

分裂が前提の美ではないか
崩壊が前提の知ではないか

どれだけ走らせるつもりなのだ
どれだけ鞭打つつもりなのだ

「まともに受けるのが馬鹿なのさ」

鼻で笑うのが聞こえる

調整可能な弁にするつもりだろう?

都合のいい駒にするつもりだろう?

私は年をとった

だから

わかる

騙されるなと

私ができることは何か

若い妹たちの

道を塞がないことだろう

そして

社会のルールは

変えられるということを

社会のモラルは

絶対ではないということを

体現していくことではないだろうか

先は短い

実現することを

見ることはないかもしれない

高い壁の前で

力つきることだろう

でも

生真面目な私は

もう

絶望したくないのだ


梅花香14

2019-02-24 13:11:08 | 小説
「ほい、またおいらの先走りみたいだね。」

清吉は、冗談めいて言う。

「いつまでたっても勘違いはなおりゃ

しねえや。」

その茶化したもの言いにおこうは悲し

げな顔をする。清吉の苦い記憶にかぶ

せるように、また彼を傷つけてしまっ

た。もう清吉は二度と誰にも心を開く

ことはないだろう。ただの魂を吸う対

象のままでいたらよかった。「獲物」

のままでいたら、ここまで彼を傷つけ

ることはなかった。おこうは本当のこ

とを言うしかなかった。

「私は何百年もここにこうしているの

です。たくさんの人間が私を愛でた

り、通り過ぎたりして参りました。私

はその誰をも歯牙にかけてはおりませ

んでした。なれど、」

おこうは静かに清吉を見た。清吉はぞ

くっとした。なまめかしい眼差し。熱

情と無情が入り混じっている。

「あなたがこちらにやってきた途端、

私はあなたの魂に魅入られてしまいま

した。清らかで美しく、それでいて深

みをたたえている。ここが化け物の浅

ましさですが、」

おこうは悲しげに身を震わせる。

「清吉さんの魂を喰らいたい、精を吸

いとりたい、それを望むようになった

のです。」

清吉は冷ややかに笑った。

「色気と食気というわけだね。」

おこうははっとして、清吉を見る。清

吉はおこうを見返す。静かな静かな

目。低い声で言う。

「じゃあ、喰ってしまえばいいじゃな

いか。四の五の言わず。」

感情のこもらない声。絶望を通り越し

虚無に満ちた魂。おこうは胸をつかれ

る。自分が清吉を追いこんだ。清吉を

そこに突き落とした。おこうは悔やん

でも悔やみきれない。彼女は清吉を見

つめる。優しい目の清吉はそこにはい

ない。空っぽの目で清吉はそこに立っ

ていた。おこうのほうを向いていた

が、清吉の瞳には彼女は映っていな

い。おこうを力なくかぶりをふる。

「ごめんなさい、清吉さん、ごめんな

さい。」

いらただしげに清吉はおこうをにら

む。

「何がさ。おいらを傷つけて、すまな

いとか思ってるのかい。やめてくれ。

よけいおいらを惨めにするだけさ。化

け物なら、化け物らしく、おいらを喰

っちまえばいいじゃないか。」

飄々と穏やかで、心優しい清吉はもう

いなかった。おこうの言葉は清吉の心

には入らない。誰の言葉ももう入らな

いだろう。それでもおこうは言わずに

はおれない。

「いいえ。いいえ。私は清吉さんの魂

を喰らうことはもうできません。外か

ら見ただけなら、嬉々として清吉さん

の精を吸い取っていたでしょう。浅ま

しい化け物ですから。けれど、私は清

吉さんの魂に触れてしまいました。清

吉さんの痛みも悲しみも、それでも失

われない美しさに触れてしまったので

す。私はあなたを喰らうことはできな

いのです。」

「おいらをだまくらかして、まだそん

なことを言うのかい。」

「ええ。私は化け物ですから。嘘はつ

きますが、人間ほどややこしくはない

のです。表と裏はございますが、裏の

裏はございませんのよ。」

清吉はあっけにとられておこうを見つ

める。白くなめらかなおこうの肌は

うっすらと紅に染まっている。おこう

は我慢できないというように、清吉の

胸に飛びこむ。

「私は清吉さんに惚れてしまったので

す。あなたの魂にとらわれてしまった

のです。とらえるほうが、とらわれて

しまったのですよ。喰らうことなどで

きませぬ。」

清吉はおこうの体に手をまわさない。

けれど、突き放そうとはしなかった。

清吉は戸惑っていた。

「おいらをたぶらかさないでくれ。」

おこうはもっと強く清吉の胸に顔をす

りつける。くぐもった声で言う。

「私は化け物なのですよ。清吉さんを

喰らいたかったら、もうすでに喰らっ

ております。」

おこうの開けっぴろげな告白に、清吉

は思わず笑ってしまう。おこうは彼の

低い温かな笑い声を聞いて、清吉の魂

に生気が戻ったと感じた。おこうは安

堵のため息をもらした。ようやく、清

吉はおこうの体に手をまわした。強く

彼女を抱きしめる。清吉はささやく。

「ひとつだけ、守って欲しい。」

おこうは清吉を見上げる。

「喰らいたくなったら、喰らってい

い。啜りたかったら、啜ればいい。け

れど、」

清吉はそっとおこうのはえぎわに唇を

寄せる。

「四の五の言わずやってくれ。」

おこうは頭の隅でそれを聞く。おこう

のすべては清吉の中に今は溶けてい

た。甘い甘い香りがあたりを満たして

いた。


〈終〉

梅花香13

2019-02-24 13:09:54 | 小説
清吉は驚いて、おこうを見つめる。

おこうはそっと清吉から視線をはず

す。張りつめた沈黙が続く。おこうは

静かに息をはく。心を決めたように清

吉の目を見つめる。

「私は梅の化生でございます。」

「ああ、だからか。」

清吉は納得したようにうなずいた。清

吉の返事は思いがけないものだった。

おこうはびっくりする。

「なにが、だからかなのでございま

すか。」

「いやあ、おこうさんの素性がさっ

ぱりわからなくてねえ。素人でなし。

玄人ではなし。おかみさんでも妾でも

なさそうだし、やんごとなき身分の方

か、どこぞのご落胤かと思ったぐらい

で。浮世離れした感じも、品のいい仕

草も、梅の精なら合点がいく。なるほ

どねえ。」

清吉は何回もうなずいた。おこうは

自分に対して清吉が怯えも嫌悪も表さ

ないので、戸惑った。

「私は化け物なのですよ。」

「人間のほうがよっぽど化け物じみ

てるからねえ。」

清吉は飄々と応える。そして、微笑

む。

「で、おいらの前におこうさんが降

臨したのは、吉兆かい。」

おこうは胸がつまる。清吉の精を吸い

取ろうとして、やってきたのである。

でも、今おこうは清吉の魂に触れてし

まった。清吉を傷つけたくない。言う

べきか言わざるべきか。おこうと清吉

の目があった。清吉は悟ったようだっ

た。


梅花香12

2019-02-24 13:09:35 | 小説
「…後でわかったことなんだがその

晩の座敷で、小勘が男をくどいたら、

男はその気になるかどうかという話が

持ちあがったらしい。それを種に賭に

なったんだ。で、深川界隈で一番色恋

沙汰に縁のなさそうな人間、つまりお

いらに相手役の白羽の矢が立ったとい

うわけだ。かっこうのお笑いぐささ。」

清吉は自嘲的に笑った。

「そこで、道化になって馬鹿ができ

るほどの度量もなく、なにもなかった

かのようにふるまうほどの度胸もな

かった。それで、意気地のねえことな

んだが、夜、花街をまわることをやめ

ちまったんだ。おいらには男女の駆け

引きなんぞわからねえし、野暮の極み

の人間だ。そういうことにわずらわさ

れるのが、心底嫌になっちまったん

だ。ま、自分のご面相を考えなかった

若い頃の馬鹿話さね。」

「違います。」

おこうはきっぱりと言った。目がきら

きらとして、頬が上気していた。

「その小勘さんとやらが馬鹿なので

す。清吉さんの本当の姿が見えなかっ

たのですから。清吉さんの目は澄んで

います。人の価値は目に宿ります。私

はいろんな人を見てまいりましたが、

清吉さんほど邪心のない目は珍しゅう

ございます。」

そう言ったとたん、おこうは目を伏

せた。深い悔恨の情をこめた声で言葉

を続ける。

「とは言え、私も同じ穴の狢なので

すが…」


梅花香11

2019-02-24 12:55:14 | 小説
月に薄雲がかかっていた。朧月夜。

清吉は小さな稲荷神社の境内でそわそ

わと待った。今夜はかりんとうを売っ

ていても足に地がつかないような心持

ちだった。高嶺の花だった小勘に情を

かけられるとは思ってもみなかった。

彼は降ってわいたような幸運をかみし

めていた。暗闇に浮かび上がる狛犬も

時折聞こえる木々のざわめきも怖いと

は思わなかった。ひたひたという足音

が聞こえてきた。清吉は顔を輝かせて

振り向いた。そこには小勘が立ってい

た。ただ、小勘一人ではなかった。屈

強な若い衆が数人、幇間が一人、大店

の主人らしき人物が一人、ついてきて

いた。一人一人がちょうちんを持って

いたので、驚くほど明るかった。小勘

は後ろを振り返って、旦那らしき人物

に向かってあでやかに笑う。

「ほら、いたでしょ。勝ちは頂きま

したよ。」

「さすが小勘姐さん。小勘姐さんに

参らぬ者はおりません。瑞兆なる美し

さ。いや、天晴れでございます。」

幇間がもみ手をしながら小勘に世辞

を言う。清吉だけが蚊帳の外だった。

わけがわからず、立ちすくんでいた。

小勘は清吉を見た。そして、一生忘れ

られないような冷たい声音で言い放っ

た。

「おまえのような鬼瓦に誰が惚れる

もんかね。おのれの顔を見てみやが

れ。」